(株)三菱銀行『三菱銀行史. 続』(1980.09)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治14年(1881) - 【渋沢栄一】ハワイ国皇帝ディヴィド・カラカウァ飛鳥山訪問。東京大学より文学部「日本財政論」の講師を嘱託される。〔41歳〕 渋沢関係略年譜
12月9日 政府、準備金条例(明治十一年七月一日制定)を改正、正貨蓄積に努める 一般
明治15年(1882) - 【渋沢栄一】大阪紡績会社創立。千代夫人死去。〔42歳〕 渋沢関係略年譜
2月28日 三菱為換店各店の資金額限定を立案 当行//前史
4月1日 郵便汽船三菱会社、商船学校を政府に移管 当行//前史
4月22日 三菱為換店、阪神・京浜間において無保険貨物に対する為替金貸付を始める 当行//前史
5月6日 大蔵省、私立銀行及び銀行類似会社創立出願方制定公布 一般
6月27日 日本銀行条例公布(十月九日特許状及び営業免状下付、十日開業) 一般
7月26日 共同運輸会社設立命令書下付(十六年一月一日開業、以後三菱、共同の競争始まる) 一般
10月11日 日銀、公定歩合の形式を公債抵当貸、金銀貨抵当貸、割引の三種とする 一般
10月 紡績連合会設立 一般
12月11日 為替手形約束手形条例制定 一般
明治16年(1883) - 【渋沢栄一】大阪紡績会社相談役、同社工場落成。 東京電燈会社創立(後に委員)。伊藤兼子(かね子)と再婚。〔43歳〕 渋沢関係略年譜
4月27日 政府、日本銀行に国庫金取扱い方を命じる(七月一日開始) 一般
5月5日 国立銀行条例改正(営業期間を開業許可後二〇ヵ年とし、満期後は私立銀行としてのみ存続を許可、紙幣発行権を逐次禁止) 一般
明治17年(1884) - 【渋沢栄一】東京商業学校(前、商法講習所)校務商議委員。磐城炭礦社設立・会長。日本鉄道会社理事委員(後に日本鉄道株式会社取締役)。〔44歳〕 渋沢関係略年譜
2月27日 三菱為換店、各店独立計算制度を採用し業況悪化に備える 当行//前史
4月 秩禄公債の償還完了 一般
5月5日 ニューヨークに金融恐慌勃発 一般
5月26日 兌換銀行券条例公布(七月一日施行) 一般
6月23日 郵便汽船三菱会社、工部省所管長崎造船局の貸下げを受け長崎造船所に改称 当行//前史
9月20日 大蔵省証券条例制定 一般
9月 三菱為換店横浜支店廃止 当行//前史
11月 三菱為換店事業廃止を決定 当行//前史
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