日本生命保険(相)『ニッセイ一〇〇年史』(1989.07)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治27年(1894) - 【渋沢栄一】東京瓦斯株式会社取締役会長。東京海上保険株式会社取締役。北越鉄道株式会社創立発起人。札幌麦酒株式会社取締役会長。〔54歳〕 渋沢関係略年譜
8月1日 日清戦争勃発 業界・一般事項
8月 久留米紡績社債5万円引受(最初の社債総額引受) 当社
12月26日 取調局設置(最初の海外等調査組織) 当社
明治29年(1896) - 【渋沢栄一】日本精糖会社創立・取締役。東京興信所創立、評議員。東京銀行集会所会長。東京印刷株式会社設立・相談役。東洋汽船株式会社創業、監査役。東京建物株式会社創立発起人。第一国立銀行が営業満期により第一銀行となる。引続き頭取。汽車製造合資会社設立・創立委員(後に監査役)。北越石油株式会社創業・相談役。日本勧業銀行設立委員。〔56歳〕【渋沢敬三】父・渋沢篤二、母・敦子の長男として都内深川に生まる。 渋沢関係略年譜
2月10日 (株)日本共同銀行開業(預金を介して間接的に貸付分野に進出) 当社
明治30年(1897) - 【渋沢栄一】澁澤倉庫部開業(後に澁澤倉庫会社・発起人)。十勝開墾合資会社業務担当社員。広島水力電気株式会社創立、取締役会長。渋沢家洲崎養魚場開設 〔57歳〕 渋沢関係略年譜
2月11日 愛国生命開業 業界・一般事項
4月14日 副社長片岡直温欧米に出張 当社
11月 テートス計算機を導入(最初の事務機械化) 当社
明治31年(1898) - 【渋沢栄一】浅野セメント合資会社監査役。韓国視察、韓国皇帝に謁見。王子製紙株式会社取締役会長を辞す(後に相談役)〔58歳〕 渋沢関係略年譜
1月29日 前年末で第1回大決算を終了し、わが国最初の契約者利益配当を実施 当社
明治32年(1899) - 【渋沢栄一】衆議院議員選挙法改正規制同盟会会長。福田会名誉顧問。大蔵省より北海道拓殖銀行設立委員に任命。京仁鉄道合資会社設立、取締役社長。銀行倶楽部委員 〔59歳〕 渋沢関係略年譜
5月26日 紀和鉄道に20万円融資(最初の財務貸付) 当社
12月 保有契約高2300万円突破(業界第1位となる) 当社
明治33年(1900) - 【渋沢栄一】京釜鉄道株式会社創立委員長。日本興業銀行設立委員。黒須銀行相談役。〔60歳〕【竜門社】青淵先生の還暦祝賀として『青淵先生六十年史 一名近世実業発達史』を刊行、青淵先生に贈呈する。 渋沢関係略年譜
3月22日 保険業法公布(7.1施行) 業界・一般事項
3月30日 帝国物産に有価証券5万円を貸付(最初の貸付有価証券) 当社
明治34年(1901) - 【渋沢栄一】大阪瓦斯会社監査役。日本女子大学校開校・会計監督(後に校長)。東京・飛鳥山邸を本邸とする。京釜鉄道株式会社取締役、後に取締役会長。茨城採炭株式会社創立、相談役。〔61歳〕 渋沢関係略年譜
9月15日 本店銀行部(旧日本共同銀行)竣工、住友銀行本店に賃貸(最初の一括賃貸ビル) 当社
明治35年(1902) - 【渋沢栄一】合名会社中井商店顧問。清韓協会設立・幹事長。京仁鉄道合資会社取締役社長。兼子夫人同伴で欧米視察。ルーズベルト大統領と会見。〔62歳〕 渋沢関係略年譜
3月30日 本店を大阪市東区今橋4丁目7番地へ新築移転 当社
9月15日 日本倉庫より14万円の債権買入(最初の債権買取り) 当社
明治36年(1903) - 【渋沢栄一】東宮御慶事奉祝会副会長・会計監督。インフルエンザ罹患、喘息を併発。京釜鉄道株式会社理事。〔63歳〕 渋沢関係略年譜
3月23日 副社長片岡直温、社長に就任 当社
4月 保険証券担保貸付を実施 当社
明治37年(1904) - 【渋沢栄一】風邪をこじらせ長期に静養。韓国興業株式会社設立、監督。〔64歳〕 渋沢関係略年譜
2月10日 日露戦争勃発 業界・一般事項
11月2日 「対社員土地家屋賃貸規程」制定(最初の社宅制度) 当社
明治38年(1905) - 【渋沢栄一】韓国皇帝より勲一等太極章。移転した養育院感化部井之頭学校と改称、開校式。〔65歳〕 渋沢関係略年譜
3月27日 生命保険会社談話会を改組、生命保険会社協会設立 業界・一般事項
PAGE TOP