東京急行電鉄(株)『東京急行電鉄50年史』(1973.04)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治29年(1896) - 【渋沢栄一】日本精糖会社創立・取締役。東京興信所創立、評議員。東京銀行集会所会長。東京印刷株式会社設立・相談役。東洋汽船株式会社創業、監査役。東京建物株式会社創立発起人。第一国立銀行が営業満期により第一銀行となる。引続き頭取。汽車製造合資会社設立・創立委員(後に監査役)。北越石油株式会社創業・相談役。日本勧業銀行設立委員。〔56歳〕【渋沢敬三】父・渋沢篤二、母・敦子の長男として都内深川に生まる。 渋沢関係略年譜
11月18日 玉川砂利電気鉄道発起 玉川~三宅坂間鉄道敷設免許申請、発起人渡辺熊之進、田中筑〓[門+吾]、横溝清太郎 前史 玉川電気鉄道
明治35年(1902) - 【渋沢栄一】合名会社中井商店顧問。清韓協会設立・幹事長。京仁鉄道合資会社取締役社長。兼子夫人同伴で欧米視察。ルーズベルト大統領と会見。〔62歳〕 渋沢関係略年譜
2月8日 渋谷~玉川間鉄道敷設特許(渋谷~三宅坂間は不許可) 前史 玉川電気鉄道
3月20日 玉川電気鉄道と商号変更 前史 玉川電気鉄道
明治36年(1903) - 【渋沢栄一】東宮御慶事奉祝会副会長・会計監督。インフルエンザ罹患、喘息を併発。京釜鉄道株式会社理事。〔63歳〕 渋沢関係略年譜
10月4日 創立総会、資本金40万円 専務(代表取締役)に渡辺熊之進就任 本社を東京市麹町区内幸町1-5に設置 前史 玉川電気鉄道
明治37年(1904) - 【渋沢栄一】風邪をこじらせ長期に静養。韓国興業株式会社設立、監督。〔64歳〕 渋沢関係略年譜
7月27日 三軒茶屋~玉川間軌道敷設工事施行認可申請(明38.1.21認可) 前史 玉川電気鉄道
10月3日 火力発電所建設出願(明37.10.25許可) 前史 玉川電気鉄道
明治38年(1905) - 【渋沢栄一】韓国皇帝より勲一等太極章。移転した養育院感化部井之頭学校と改称、開校式。〔65歳〕 渋沢関係略年譜
5月8日 本社を東京市赤坂区青山北町6-47に移転 前史 玉川電気鉄道
7月5日 道玄坂上~三軒茶屋間軌道工事施行認可申請(明38.10.27認可) 前史 玉川電気鉄道
8月15日 臨時株主総会 専務(代表取締役)渡辺熊之進辞任、専務(代表取締役)に青山幸宜就任 前史 玉川電気鉄道
明治39年(1906) - 【渋沢栄一】大日本麦酒株式会社設立、取締役。南満州鉄道株式会社設立委員。京阪電気鉄道会社創立・創立委員長(後に相談役)。大日本製糖株式会社設立、相談役。名古屋電力株式会社創立・相談役。東海倉庫株式会社創立・相談役。明治製糖創立・相談役。〔66歳〕 渋沢関係略年譜
2月8日 旅客運賃認可 区間制1区3銭、全線5区 前史 玉川電気鉄道
3月1日 渋谷~道玄坂上間軌道敷設工事施行認可申請(明39.9.1認可) 前史 玉川電気鉄道
3月23日 軌道敷設工事着手 前史 玉川電気鉄道
10月9日 臨時株主総会 資本金40万円を60万円に増額 専務(代表取締役)青山幸宜辞任、専務(代表取締役)に永松達吾就任 前史 玉川電気鉄道
11月10日 武蔵電気鉄道発起 渋谷村字渋谷広尾町~横浜市平沼間鉄道敷設免許申請 発起人岡田治衛武 山根舜太郎 阿部太一郎 樋口鉦次郎 村田佐輔 前史 武蔵電気鉄道
12月7日 渋谷~千駄ヶ谷間鉄道敷設免許申請(のちに却下) 前史 玉川電気鉄道
明治40年(1907) - 【渋沢栄一】帝国劇場会社創立・創立委員長(後に取締役会長)。品川白煉瓦株式会社相談役。日清汽船株式会社創立、取締役。日本皮革株式会社創立、相談役。合資会社沖商会有限責任社員・監査役。帝国製麻株式会社創立、相談役。東明火災海上保険株式会社創立、取締役。〔67歳〕 渋沢関係略年譜
2月20日 渋谷~北品川間、世田谷~登戸間鉄道敷設免許申請(渋谷~北品川間却下)世田谷~登戸間免許返納) 前史 玉川電気鉄道
3月6日 道玄坂上~三軒茶屋間開通(単線) 前史 玉川電気鉄道
4月1日 三軒茶屋~玉川間開通(単線) 前史 玉川電気鉄道
5月25日 起点渋谷村字渋谷広尾町を字広尾町天現寺橋に変更し、天現寺橋~官設平沼停車場間(本線)、調布村~蒲田間(蒲田支線―第1支線)鉄道敷設免許申請 前史 武蔵電気鉄道
6月29日 電灯供給業許可 前史 玉川電気鉄道
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