※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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明治42年(1909) | - | 【渋沢栄一】古稀に際し多くの企業・団体の役員を辞任。渡米実業団を組織し団長として渡米。タフト大統領と会見。〔69歳〕【竜門社】組織を変更し、社則を改正。青淵先生の道徳経済合一説を広め実践する団体に性格を変える。 | 渋沢関係略年譜 |
11月1日 | 花柳通信欄を設けた。 | ||
11月2日 | 宮崎滔天の「伊藤公一代記」掲載開始。 | ||
11月5日 | 伊藤春畝筆「四海為家」の書を附録とした。 | ||
11月16日 | 仲介部設置。 | ||
明治43年(1910) | - | 【渋沢栄一】政府諮問機関の生産調査会創立・副会長。社団法人東京銀行集会所会長。〔70歳〕【竜門社】青淵先生の七十寿祝賀会を開催する。 | 渋沢関係略年譜 |
1月1日 | 四十八ページ、はじめて十ポイント新活字採用、十八字詰八段制とした。広告料五号一行五十五銭に値上。喜多川歌麿筆「戊午の春」(五美人)の絵附録を添えた。黒天の「兵庫の人物」の掲載を始めた。旭堂南陵講談「祐天吉松」の掲載開始、南陵はじめての登場である。 | ||
3月1日 | 創刊十二周年記念号二十ページ。四十人懸賞募集(俳優と芸妓の写真を掲げ男か女かを当てる)。海外通信特設(日英博出席の桑原半次郎、シャム視察の匿名氏、シンガポール視察の長田秋涛等に委嘱)。嵐佳笑一座による俳優変装競争。 | ||
3月10日 | 第七面に「運動界」欄を設けた。 | ||
3月10日 | 箕面有馬電車開通を報じた。 | ||
3月15日 | 兵電開通につき特集ページを作った。 | ||
4月5日 | 神戸電鉄春日野兵庫駅前間が開通したので特集四十ぺージを発行した。 | ||
4月24日 | 第六号潜水艦遭難者遺族慰籍金募集。 | ||
5月8日 | 英帝エドワード七世崩御につき社説で敬弔の意を表した。 | ||
5月20日 | 英帝エドワード七世大葬につき英文社説を掲げた。 | ||
5月26日 | 月村「琉球遊記」連載。 | ||
7月11日 | 本社主催で明石海水浴場を開いた。(これより毎夏開設) | ||
8月30日 | 日韓合併記念号十二ページ。 | ||
9月1日 | 懸賞記者変装競争(三日間) | ||
9月16日 | 築港三周年神戸デーにつき十二ページ。 | ||
10月16日 | 白羊生の「神戸における学閥の分布」連載。 | ||
10月19日 | 本紙連載小説羽様荷香作「命」脚色され小織桂一郎、秋月桂太郎一座により大黒座において上演された。 |