(株)帝国ホテル『ホテルと共に七十年』(1964.04)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
大正12年(1923) - 【渋沢栄一】日本無線電信株式会社創立委員。大震災善後会創立・副会長、帝都復興審議会委員。〔83歳〕 渋沢関係略年譜
9月 (三十七歳)新館全面的に営業開始。 [犬丸徹三]年譜
大正13年(1924) - 【渋沢栄一】財団法人日仏会館創立・理事長。東京女学館・館長。〔84歳〕【竜門社】財団法人竜門社となる。 渋沢関係略年譜
2月 (三十八歳)日本ホテル協会理事に就任。昭和二十三年まで、これを勤む。 [犬丸徹三]年譜
4月 (三十八歳)英国政府よりメンバー・ブリティッシュ・エンパイア勲章を贈与さる。 [犬丸徹三]年譜
6月 (三十八歳)帝国ホテル剣舞事件。 [犬丸徹三]年譜
7月 (三十八歳)フランス政府よりオフィシェ・ドラゴンド・ランナン勲章を受く。 [犬丸徹三]年譜
8月 (三十八歳)長女千代子誕生。 [犬丸徹三]年譜
8月 (三十八歳)第二回ホテル学校を開く。 [犬丸徹三]年譜
9月 (三十八歳)関東大震災にさいし警防救護に尽したる功を以て、警視総監より感謝状を贈らる。 [犬丸徹三]年譜
9月 (三十八歳)朝鮮経由、渡満の旅に上る。 [犬丸徹三]年譜
10月 (三十八歳)帰国。 [犬丸徹三]年譜
11月 (三十八歳)大塚常吉氏との共編による「ホテル経営」刊行さる。 [犬丸徹三]年譜
大正14年(1925) - 【渋沢栄一】製鉄鋼調査会委員。史籍協会評議員。浅草寺臨時営繕局顧問。日本無線電信株式会社設立委員長。飛鳥山邸(曖依村荘)に青淵文庫竣工、傘寿と子爵昇格の祝いを兼ねて竜門社より贈られる。〔85歳〕【渋沢敬三】横浜正金銀行退職。 渋沢関係略年譜
1月 (三十九歳)聖路加病院再建基金募集慈善舞踏会を開催。 [犬丸徹三]年譜
10月 (三十九歳)帝国ホテル、東京馬場先門、東京会館の経営開始。 [犬丸徹三]年譜
大正15年(1926) - 【渋沢栄一】太平洋問題調査会創立・評議員会会長。社団法人日本放送協会創立・顧問。〔86歳〕【渋沢敬三】澁澤倉庫取締役に就任。第一銀行取締役に就任。東京貯蓄銀行取締役に就任。 渋沢関係略年譜
3月 (四十歳)長男一郎うまる。 [犬丸徹三]年譜
10月 (四十歳)台湾旅行。 [犬丸徹三]年譜
11月 (四十歳)帰京。 [犬丸徹三]年譜
昭和2年(1927) - 【渋沢栄一】日本国際児童親善会創立・会長。日米親善人形歓迎会を主催。航空輸送会社設立準備調査委員会会長。〔87歳〕【渋沢敬三】東洋生命取締役に就任。理化学興業監査役に就任。 渋沢関係略年譜
7月 (四十一歳)イタリア政府より王冠章カブリエーに叙せらる。 [犬丸徹三]年譜
10月 (四十一歳)二男二郎誕生。 [犬丸徹三]年譜
昭和3年(1928) - 【渋沢栄一】日本女子高等商業学校建設後援会発起人。日本航空輸送株式会社創立・創立委員長。〔88歳〕【竜門社】青淵先生米寿祝賀会を開催し、斯文会編訳『国訳論語』等を記念品として青淵先生に贈呈する。 渋沢関係略年譜
4月 (四十二歳)大倉喜八郎翁逝去。 [犬丸徹三]年譜
5月 (四十二歳)日本ホテル協会、米国西海岸主要ホテル業者を招く。 [犬丸徹三]年譜
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