※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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大正9年(1920) | - | 【渋沢栄一】社団法人国際聯盟協会創立・会長。日華実業協会創立、会長。子爵を授けられる。〔80歳〕【竜門社】青淵先生八十寿及び子爵へ陞爵の祝賀会を開催し、記念として青淵文庫を青淵先生に贈呈する。 | 渋沢関係略年譜 |
- | 経済界大恐慌 | 参考事項 | |
- | 国際連盟成立 | 参考事項 | |
- | 古河電気工業株式会社設立 | 参考事項 | |
- | わが国最初のメーデー催さる | 参考事項 | |
大正10年(1921) | - | 【渋沢栄一】ワシントン軍縮会議実況視察のため渡米。ハーディング大統領と会見。〔81歳〕【渋沢敬三】東京帝大経済学部卒業。横浜正金銀行へ入行。 | 渋沢関係略年譜 |
- | 東京出張所開設 | ||
大正11年(1922) | - | 【渋沢栄一】小畑久五郎翻訳、栄一序文『アンドルー・カーネギー自伝』冨山房より刊行。日仏協会会頭。アルメニア難民救済委員会委員長。〔82歳〕【渋沢敬三】横浜正金銀行ロンドン支店転任。 | 渋沢関係略年譜 |
- | 商品マーク〓[^+_]印(山一印)の制定 | ||
- | 防錆塗料ガルヴァー発売開始 | ||
- | 当社品の信用回復の手段として工場で塗料比較研究会を催し、得意先関係者を招待す | ||
- | 第二次資産整理 | ||
- | 東京出張所を銀座西八丁目に移す | ||
- | ワシントン海軍軍縮会議調印 | 参考事項 | |
大正12年(1923) | - | 【渋沢栄一】日本無線電信株式会社創立委員。大震災善後会創立・副会長、帝都復興審議会委員。〔83歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
- | 古河電気工業株式会社海外出張所大連・京城・台北3店に当社品代理販売を依頼 | ||
- | 内地の取引先と販売店契約を結ぶ | ||
- | 関東大震災で東京出張所全焼す | ||
- | 富士電機製造株式会社設立 | 参考事項 | |
- | 関東大震災 | 参考事項 | |
大正13年(1924) | - | 【渋沢栄一】財団法人日仏会館創立・理事長。東京女学館・館長。〔84歳〕【竜門社】財団法人竜門社となる。 | 渋沢関係略年譜 |
- | 帝都復興景気により4年ぶりに決算面に利益を計上す | ||
- | 第一次土地拡張303坪倉庫建築 | ||
- | 皇太子殿下御成婚 | 参考事項 | |
大正14年(1925) | - | 【渋沢栄一】製鉄鋼調査会委員。史籍協会評議員。浅草寺臨時営繕局顧問。日本無線電信株式会社設立委員長。飛鳥山邸(曖依村荘)に青淵文庫竣工、傘寿と子爵昇格の祝いを兼ねて竜門社より贈られる。〔85歳〕【渋沢敬三】横浜正金銀行退職。 | 渋沢関係略年譜 |
- | 商工省から工業研究奨励金下付され、ホットベネジァン船底塗料の研究を開始す |