長谷川香料(株)『長谷川香料八十年史』(1985.05)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
1280年 - 中国で蒸留法が発明され、アルコール度の高い酒がつくられるようになった。 香料関連
1310年 - [1310年ごろ] イタリアの宮廷で小麦粉を練り棒状に伸ばして乾燥させ、それを茹でた食べものが披露された。それはイタリアの宮廷調理人が中国人から教わった麺のつもりで作ったものだが、それがイタリアの代表的な食べもの、スパゲッティになった。 香料関連
1370年 - 液体香料で一番古いものは、ハンガリー水といわれているが、その製造法は極秘にされていたため、その起源についてはわかっていない。ただ、一三七〇年に製造者の一人が、その処方をハンガリーのエリザベート女王に贈ったといういい伝えがある。いい伝えでは、エリザベート女王は、この芳香水(ハンガリー水)を用いたため、美しさを取り戻し、七十二歳にもなってポーランド王から求婚された、といわれている。 香料関連
1380年 - [1380年ごろ] シルクロードが拓け、アジアとヨーロッパの交流が盛んになると中央アジアのジプシーたちもヨーロッパに現われるようになった。彼らは踊りを見せたり、占いをしたりして各地を旅していたが、香辛料の運び人でもあった。 香料関連
1390年 - [1390年ごろ] ヨーロッパで、それまでは食べてまずい野生イチゴしかなかったが、栽培イチゴが作り出された。甘く、香りもいいので、イチゴの栽培は全ヨーロッパに広まった。今日でもストロベリーエッセンスは果実香料の王座にある。 香料関連
1440年 - [1440年ごろ] スコットランドのハイランドの地主たちがウイスキーの大量生産をはじめた。蒸留技術が進歩したため。しかし、スコッチウイスキーが全世界的な商品になるのは、一八二六年にパテントスチル(連続蒸留器)が発明されてからである。 香料関連
1480年 - [1480年ごろ] ドイツでは、それまでフォークは二股であったが、この年代から三股、四股のフォークがつくられた。そのフォークの方が便利ということもあったが、この年代は食事によばれた時は自分のフォークは持参することになっていたので、旧式の二股のフォークはカッコが悪いということもあって急速に普及した。 香料関連
1492年 - コロンブス、アメリカ大陸を発見。ヨーロッパへタバコと梅毒が伝えられたということになっているが、香辛料、柑橘類の苗を持ち帰ったことも忘れてはならない。 香料関連
1498年 - バスコ・ダ・ガマ、インド航路発見。大航海時代の幕開け。東南アジアの香辛料が大量にヨーロッパに運ばれるようになる。 香料関連
1500年 - [1500年ごろ] トルコにはじめてエチオピア産のコーヒーを、今日と同じように焙煎して淹れて飲ませてくれるコーヒー店が出現した。商人たちが、この店を商談に利用したため、エジプト、ヨーロッパにも同様の店が現れ、嗜好飲料としてコーヒーを飲む習慣も次第に広まった。 香料関連
1508年 - フローレンスのサンタマリア・ノベッラ修道院に、香料製造工場ができた。イタリアでの香料需要が急激にのびたため、各修道院でも新しい香料の研究が盛んになり、一七世紀から一八世紀にかけて調香技術も著しく進歩した。フローレンスでつくられた香料は、小瓶に入れられ、さらに美しい小函に納められていた。その小函が本のかたちをしていたので。「フローレンスの小さな本」と呼ばれていた。 香料関連
1520年 - メキシコへ侵入したスペイン軍が、メキシコ人たちが、カカオ豆を飲料にしたり、砕いて食べているのをみて、ヨーロッパへ伝えた。ヨーロッパでは、これをチョコレートと呼び、菓子類の王座の地位を築いた。但し、固形チョコレートができるのは、一六二四年になってからである。 香料関連
1540年 - 馬鈴薯が南米のキトーからスペインに伝えられ、やがてヨーロッパ全域に広められ、ドイツ人の常食になる。フランスでも後年、馬鈴薯の栽培に力を入れ、マリーアントワネット王女は、その普及のために、夜会服の襟に馬鈴薯の花をアクセサリーとしてつけ、パーティに出席し馬鈴薯普及の宣伝にひと役買った。 香料関連
1543年 - ポルトガル人、種子島に漂流。鉄砲のほかに蒸留法も伝える。沖縄の泡盛は別にして、日本での蒸留酒(焼酎)がつくられたのはこれ以後。 香料関連
1550年 - [1550年ごろ] 航海術が発達し、アジアからの香辛料がヨーロッパに大量に運ばれ、この年代からイタリア料理にはブラックペッパー、ガーリックが多く使われるようになる。 香料関連
1590年 - 中国の山東省で灰と動物脂肪とで作った固形石鹸が洗濯に使われるようになった。 香料関連
1600年 - [1600年ごろ] この頃から嗅ぎ煙草を用いるようになるが、それは、煙草への香り付けの技術が進歩したからである。はじめは、煙草にアンモニアを溶け込ませて、二カ月ほど熟成、発酵させ煙草の香りを育てていたが、その後、バラ香油、ベルガモット油、ラベンダー油、バニラ油、カスカリラ樹皮油などが用いられるようになり複雑化した。 香料関連
1603年 - フランスのコニャック地方で葡萄がとれすぎ、葡萄酒が生産過剰になり、処分のつもりで蒸留したところ、きわめて美味なブランデーができた。そのため、この地方でつくられるブランデーを特にコニャックと呼ぶようになった。 香料関連
1610年 - [1610年ごろ] 貿易立国で忙しくなったオランダ人は、忙しくなるにつれて一日三回食事をとるようになった。日本でも三回食事をとるようになったのは関ヶ原の戦い以後といわれているので、大体同年代からである。 香料関連
1615年 - ラベンダーは、北はノルウェーから南は北アフリカまで分布している芳香植物であり、古い時代から薬剤として用いられていたが、記録には残っていない。ラベンダー水の処方としては一六一五年ごろに書かれたものが今日知られている限りでは一番古い。それによると、ラベンダーの花にカルネラ樹皮、ニオイアラセイトウ、ガリンゲール、グラナ・パラディシを混ぜて蒸留した蒸留液であったらしい。香水として使われたが、内服鎮痛剤としても用いられていた。 香料関連
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