※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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昭和13年(1938) | - | 【渋沢敬三】国民貯蓄奨励委員会委員。 | 渋沢関係略年譜 |
8月 | 鶴見工場で強化ガラスの生産開始 | ||
昭和14年(1939) | - | 【竜門社】財団法人渋沢青淵翁記念会と共催で「青淵先生生誕百年記念祭」を挙行する。日本実業史博物館建設地鎮祭を挙行する。 | 渋沢関係略年譜 |
3月 | 鶴見工場で有機ガラスの生産開始 | ||
8月 | 昭和化学工業を吸収合併し伊保工場とし、12月から耐火煉瓦の生産開始 | ||
昭和15年(1940) | - | 【竜門社】第100回会員総会並に記念展観を開催する。 | 渋沢関係略年譜 |
1月 | 牧山工場で蒸発濃縮法による塩安の製造を開始 | ||
昭和17年(1942) | - | 【渋沢敬三】日本銀行(以下、日銀)副総裁就任、これに伴い第一銀行など辞任。 | 渋沢関係略年譜 |
9月 | 大阪晒粉を吸収合併し淀川工場とし、水銀法電解による苛性ソーダ事業に参入 | ||
昭和19年(1944) | - | 【竜門社】機関誌『竜門雑誌』669号を発行、以後休刊する。岩波書店より『渋沢栄一伝記資料』第1巻が刊行される。【渋沢敬三】結城日銀総裁辞任につき、日銀総裁に就任。総裁時代一度も東京を離れず。 | 渋沢関係略年譜 |
4月 | 日本化成工業を合併し、三菱化成工業を改称 | ||
昭和20年(1945) | - | 【竜門社】曖依村荘を政府に寄贈する。空襲により曖依村荘内の建物の多くを焼失する。【渋沢敬三】幣原喜重郎より組閣本部に招かる。新木、山際正道と相談、大蔵大臣受諾。親任。 | 渋沢関係略年譜 |
8月 | 終戦により海外の清津工場、昌光硝子、満州曹達、満州昌光硝子、耀華玻璃、永利化学など接収される | ||
昭和25年(1950) | - | 【渋沢敬三】ユニバーサル広告社社員(~1951年)。 | 渋沢関係略年譜 |
4月 | 牧山工場で塩安ソーダ併産法によるソーダ灰、肥料用塩安の生産開始 | ||
6月 | 企業再建整備法により三菱化成工業から分離して、新生旭硝子が発足し株式を上場 | ||
昭和27年(1952) | - | 【渋沢敬三】貯蓄増強中央委員会会長に就任。 | 渋沢関係略年譜 |
9月 | 岩城硝子に資本参加 | ||
12月 | インドネシアと電解苛性ソーダのプラント輸出契約を締結 | ||
昭和29年(1954) | - | 【竜門社】渋沢栄一伝記資料刊行会を組織し、『渋沢栄一伝記資料』全58巻の編集を開始する。 | 渋沢関係略年譜 |
1月 | 鶴見工場で複層ガラス「ペアガラス」の生産開始 | ||
3月 | 旭特殊硝子を設立し、テレビブラウン管用ガラスバルブ事業に進出 | ||
昭和30年(1955) | - | 【竜門社】渋沢栄一伝記資料刊行会、『渋沢栄一伝記資料』第1巻を刊行する。 | 渋沢関係略年譜 |
11月 | 品質管理の技法を導入し、デミング賞実施賞を受賞 | ||
昭和31年(1956) | - | 【竜門社】創立70周年記念総会を開催する。 | 渋沢関係略年譜 |
8月 | インド硝子を設立 | ||
11月 | 旭ファイバーグラスを設立し、ガラス繊維事業に本格進出 | ||
11月 | 旭加工硝子を設立し自動車用加工ガラス事業に本格進出 | ||
昭和32年(1957) | - | 【渋沢敬三】第16回ICC総会に日本代表団団長として出席のため渡欧。外務省顧問に就任、「移動大使」として中南米諸国を歴訪。 | 渋沢関係略年譜 |
11月 | 創立50周年記念事業として(財)旭硝子奨学会設立 | ||
昭和34年(1959) | - | 【渋沢敬三】日本学術振興会より『明治前日本漁業技術史』刊行。角川書店より『日本魚名の研究』刊行。 | 渋沢関係略年譜 |
3月 | 千葉県市原郡に千葉工場を設置し、12月から塩安ソーダ併産法によりソーダ灰の生産開始 | ||
昭和36年(1961) | - | 【渋沢敬三】角川書店より『犬歩当棒録 : 祭魚洞雑録第三』刊行。 | 渋沢関係略年譜 |
6月 | 淀川工場でプロピレンオキサイド、プロピレンクグコールの生産開始 |