※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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明治44年(1911) | - | 【渋沢栄一】日露協会評議員。維新史料編纂会委員。財団法人済生会設立、顧問・評議員。勲一等に叙され瑞宝章を授与される。〔71歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
1月1日 | 職制を改正し、従来の銀行部、造船部、庶務部のほか、鉱業部が鉱山部と営業部に分割され、同時に地所部と内事部を新設(7部制) | 三菱鉱業前史事項 | |
2月15日 | 富来鉱山を買収(独立場所として稼行) | 三菱鉱業前史事項 | |
3月29日 | 工場法公布(大正5年9月1日施行) | 関連事項 | |
4月18日 | 芳谷炭坑を買収(独立場所として稼行) | 三菱鉱業前史事項 | |
6月5日 | 朝鮮・兼二浦鉄鉱山を買収(12月14日鉄鉱試錐に着手) | 三菱鉱業前史事項 | |
7月1日 | 新入炭坑所管の方城炭坑を独立場所に改める | 三菱鉱業前史事項 | |
8月3日 | 本社に臨時北海道調査課を設置 | 三菱鉱業前史事項 | |
10月12日 | 高取鉱山を買収(独立場所として稼行) | 三菱鉱業前史事項 | |
12月16日 | 三井合名会社鉱山部、独立して三井鉱山株式会社設立 | 関連事項 | |
12月 | 大夕張炭坑株式会社に資金を貸与し、同社出炭の一手販売権を取得 | 三菱鉱業前史事項 | |
- | この年、九州炭砿汽船株式会社に資金を貸与し、同社出炭の委託販売契約を締結 | 三菱鉱業前史事項 | |
明治45年(1912) | - | 【渋沢栄一】日本鋼管株式会社発起人。日仏銀行相談役。帰一協会創立・幹事。ニューヨーク日本協会協賛会創立・名誉委員長。〔72歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
4月10日 | 小樽支店を設置 | 三菱鉱業前史事項 | |
10月7日 | 本社に炭坑部設置(従来鉱山部に属していた各炭坑を統轄) | 三菱鉱業前史事項 | |
12月5日 | 長崎・門司両支店の石炭元扱店に小樽支店を加える | 三菱鉱業前史事項 | |
大正2年(1913) | - | 【渋沢栄一】伯剌西爾拓植株式会社創立準備委員。日本結核予防協会創立・副会頭(後に会頭)。中国興業株式会社(後の中日実業)創立、相談役。日本実業協会創立・会長。帝国飛行協会成立、評議員。〔73歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
3月12日 | 芦別石炭鉱区を買収 | 三菱鉱業前史事項 | |
4月 | 生野鉱山において錫製煉所を完成し、製煉を開始 | 三菱鉱業前史事項 | |
11月2日 | 飯田延太郎、美唄炭坑を開坑 | 関連事項 | |
- | この年、新入炭坑南立坑において電気巻上機を設置(我が国炭砿における電気巻上機の始まり) | 三菱鉱業前史事項 | |
- | この年、全国出炭高2,000万tを突破 | 関連事項 | |
大正3年(1914) | - | 【渋沢栄一】東北九州災害救済会創立、副総裁。合資会社国際通信社設立、相談役。日中経済界の提携のため中国訪問。財団法人国産奨励会設立準備委員総代、顧問。〔74歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
4月22日 | 美唄炭坑主飯田延太郎に資金を貸与し、向う8か年間同炭坑出炭の一手販売権を取得 | 三菱鉱業前史事項 |