※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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昭和22年(1947) | - | 【竜門社】機関誌『竜門雑誌』670号を復刊する。 | 渋沢関係略年譜 |
10月 | 戦災で焼失した御園座が落成 | 社会の歩み | |
- | 新清土木(株)設立 | 清水建設・兼喜会の歩み | |
昭和23年(1948) | - | 【竜門社】機関誌『竜門雑誌』677号をもって廃刊する。 | 渋沢関係略年譜 |
2月 | 清水建設株式会社と社名変更 | 清水建設・兼喜会の歩み | |
7月 | 建設省設置 | 社会の歩み | |
12月 | 支店新社屋名古屋市中区西菅原町落成移転、名古屋兼喜会事務所完成移転 | 清水建設・兼喜会の歩み | |
昭和24年(1949) | - | 【竜門社】政府より曖依村荘が無償返還されることになる。財団法人社会教育協会に依頼して、機関誌『竜門雑誌』を継承する機関誌『青淵』を創刊する。曖依村荘全敷地の約3分の2を売却する。 | 渋沢関係略年譜 |
5月 | 建設業法公布 | 社会の歩み | |
11月 | 湯川秀樹、ノーベル物理学賞受賞 | 社会の歩み | |
昭和25年(1950) | - | 【渋沢敬三】ユニバーサル広告社社員(~1951年)。 | 渋沢関係略年譜 |
3月 | 名古屋市の人口100万人突破 | 社会の歩み | |
4月 | 職業安定法により、名古屋兼喜会解散、親睦団体清工会発足 | 清水建設・兼喜会の歩み | |
5月 | 建築基準法、建築士法公布 | 社会の歩み | |
6月 | 朝鮮戦争勃発 | 社会の歩み | |
昭和26年(1951) | - | 【竜門社】文部省史料館に日本実業史博物館準備室資料を寄託する。機関誌『青淵』を渋沢青淵記念財団竜門社から発刊する。【渋沢敬三】追放解除。 | 渋沢関係略年譜 |
9月 | 中部日本放送、ラジオ放送開始 | 社会の歩み | |
- | 城戸七太郎支店長就任 | 清水建設・兼喜会の歩み | |
- | 支店創立60周年記念式典 | 清水建設・兼喜会の歩み | |
- | 伏見稲荷より分身を受け、兼喜稲荷神社を再建 | 清水建設・兼喜会の歩み | |
昭和27年(1952) | - | 【渋沢敬三】貯蓄増強中央委員会会長に就任。 | 渋沢関係略年譜 |
3月 | 清工会解散、名古屋兼喜会復活 | 清水建設・兼喜会の歩み | |
- | 東京兼喜会復活 | 清水建設・兼喜会の歩み | |
- | 石井留之助、3代会長に就任 | 清水建設・兼喜会の歩み | |
昭和28年(1953) | - | 【竜門社】懸賞論文の募集を開始する。 | 渋沢関係略年譜 |
2月 | NHKテレビ放送開始 | 社会の歩み | |
- | 創業150周年記念式典挙行 | 清水建設・兼喜会の歩み |