日本電池(株)『日本電池100年 : 日本電池株式会社創業100年史 : 1895-1995』(1995.11)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治31年(1898) - 【渋沢栄一】浅野セメント合資会社監査役。韓国視察、韓国皇帝に謁見。王子製紙株式会社取締役会長を辞す(後に相談役)。〔58歳〕 渋沢関係略年譜
- 東海道線急行列車にストーン社(英)製セミプランテ式蓄電池輸入 業界・社会事項
- 重宗芳水(明電舎の創業者)、京都帝国大学へ蓄電池を納入 業界・社会事項
- フィリッパ(ベルギー)、エボナイトクラッド式蓄電池極板を考案 業界・社会事項
明治32年(1899) - 【渋沢栄一】衆議院議員選挙法改正規制同盟会会長。福田会名誉顧問。大蔵省より株式会社北海道拓殖銀行設立委員に任命。京仁鉄道合資会社設立、取締役社長。銀行倶楽部委員。飛鳥山邸(曖依村荘)に茶室・無心庵竣工。 〔59歳〕 渋沢関係略年譜
3月2日 特許法、意匠法、商標法公布 業界・社会事項
- 神戸ニッケル商会、米国製三輪電気自動車を輸入 業界・社会事項
- 本多敏明商店(本多電機の前身)、油式安全灯の製造開始 業界・社会事項
明治33年(1900) - 【渋沢栄一】京釜鉄道株式会社創立委員長。日本興業銀行設立委員(後に監査役)。男爵を授けられる。黒須銀行相談役。〔60歳〕【竜門社】青淵先生の還暦祝賀として『青淵先生六十年史 一名近世実業発達史』を刊行、青淵先生に贈呈する。 渋沢関係略年譜
4月24日 東京株式大暴落(金融恐慌) 業界・社会事項
6月4日 清国、列強に宣戦布告 業界・社会事項
- 米国製四輪蒸気自動車を輸入(わが国初の四輪自動車) 業界・社会事項
- ユングナー(スウェーデン)、ニッケル・カドミウム式アルカリ蓄電池を発明 業界・社会事項
明治34年(1901) - 【渋沢栄一】大阪瓦斯会社監査役。東京・飛鳥山邸を本邸とする。京釜鉄道株式会社取締役、後に取締役会長。茨城採炭株式会社創立、相談役。〔61歳〕 渋沢関係略年譜
11月18日 官営八幡製鉄所開業 業界・社会事項
- マルコーニ(伊)、大西洋横断無線通信に成功 業界・社会事項
- エジソン(米)、ニッケル・鉄式アルカリ蓄電池を発明 業界・社会事項
明治35年(1902) - 【渋沢栄一】合名会社中井商店顧問。清韓協会設立・幹事長。京仁鉄道合資会社取締役社長。兼子夫人同伴で欧米視察。ルーズベルト大統領と会見。〔62歳〕 渋沢関係略年譜
- 携帯用ペースト式鉛蓄電池実用化 当社事項
- 双輪商会、日本で最初のガソリン自動車組立 業界・社会事項
- クーパー・ヒューイット(米)、水銀灯を実用化 業界・社会事項
明治36年(1903) - 【渋沢栄一】東宮御慶事奉祝会副会長・会計監督。インフルエンザ罹患、喘息を併発。京釜鉄道株式会社理事。日印協会創立・会員(後に会頭)。〔63歳〕 渋沢関係略年譜
5月27日 京都電話局、わが国初の中央電池式交換機設置 業界・社会事項
6月16日 フォード自動車会社(米)設立 業界・社会事項
11月6日 海軍工廠条例公布 業界・社会事項
- 島津製作所河原町工場新築、木屋町から工場を移す 当社事項
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