※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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明治5年(1872) | - | 【渋沢栄一】大蔵少輔事務取扱。抄紙会社設立出願。〔32歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
- | ○米価 1升 3銭9厘 | 参考事項[内容※は当社と関連の深い事項] | |
明治6年(1873) | - | 【渋沢栄一】抄紙会社創立(後に王子製紙株式会社取締役会長)。大蔵省を辞める。海運橋兜町(現在の東京都中央区日本橋兜町)に転居。第一国立銀行創立・総監役。〔33歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
1月19日 | 海軍提督府設置 | 参考事項[内容※は当社と関連の深い事項] | |
1月27日 | 川崎正蔵、汽船「三邦丸」にて鹿児島より長崎に向う途中、長崎県天草牛深沖にて坐礁、その修復工事に際し西洋型船を詳細に研究 | 創業前史 天保3年(1832)―明治10年(1877)//当社主要事項 | |
4月5日 | 政府はバルカン鉄工所(米ケース商会)を買収、工部省が所管 | 創業前史 天保3年(1832)―明治10年(1877)//当社主要事項 | |
4月14日 | 工部省は兵庫製作所をもとバルカン鉄工所跡に移し、同時にもと金沢藩兵庫製鉄所の機械を移転合併 | 創業前史 天保3年(1832)―明治10年(1877)//当社主要事項 | |
4月30日 | 日清条約成立 | 参考事項[内容※は当社と関連の深い事項] | |
8月2日 | 第一国立銀行開業 | 参考事項[内容※は当社と関連の深い事項] | |
8月 | 博士・学士号を制定 | 参考事項[内容※は当社と関連の深い事項] | |
11月 | 郵便はがき発売 | 参考事項[内容※は当社と関連の深い事項] | |
- | ○川崎正蔵、大蔵省琉球国産取調べを拝命 | 創業前史 天保3年(1832)―明治10年(1877)//当社主要事項 | |
- | ○川崎正蔵、琉球・内地間郵便航路開設の意見書を提出 | 創業前史 天保3年(1832)―明治10年(1877)//当社主要事項 | |
- | ○川崎正蔵、日本帝国郵便蒸気船会社副頭取に就任 | 創業前史 天保3年(1832)―明治10年(1877)//当社主要事項 | |
- | ○露人ロディギン、炭素棒の白熱ランプを発明 | 参考事項[内容※は当社と関連の深い事項] | |
- | ○ベルギー人グラム、モーターの原理を発見 | 参考事項[内容※は当社と関連の深い事項] | |
- | ○仏国海軍、造艦用に鋼材を使用、最初の鋼鉄艦を建造 | 参考事項[内容※は当社と関連の深い事項] | |
- | ○米価 1升 4銭8厘 | 参考事項[内容※は当社と関連の深い事項] | |
明治7年(1874) | - | 【渋沢栄一】東京府知事より東京会議所共有金取締を嘱託される(後に東京会議所会頭)。〔34歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
1月9日 | 内務省設置、大蔵省所管の駅逓寮などを移し、船舶課の職掌を拡張 | 参考事項[内容※は当社と関連の深い事項] | |
1月10日 | 川崎正蔵、東京・琉球間に郵便航路を開設 | 創業前史 天保3年(1832)―明治10年(1877)//当社主要事項 | |
1月12日 | 工部省所管兵庫製作所にて修理船架の建設に着工(設計・監督 もと赤羽工作分局の建築師長仏人ルイフェリキス・フロラン) | 創業前史 天保3年(1832)―明治10年(1877)//当社主要事項 | |
4月4日 | 征台の役 | 参考事項[内容※は当社と関連の深い事項] |