福助(株)『フクスケ100年のあゆみ』(1984.05)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治15年(1882) - 【渋沢栄一】大阪紡績会社創立。千代夫人死去。〔42歳〕 渋沢関係略年譜
- 辻本福松 一月中旬足袋装束店を創業 福助のあゆみ
- 屋号「丸福」(大阪府堺区大町《おおちょう》東三丁) 福助のあゆみ
- 日本銀行開業 社会の動き
明治16年(1883) - 【渋沢栄一】大阪紡績会社相談役、同社工場落成。 東京電燈会社創立(後に委員)。伊藤兼子(かね子)と再婚。〔43歳〕 渋沢関係略年譜
- 和泉・河内・摂津地方(大阪府)に販路開拓 福助のあゆみ
- 大阪紡績会社開業 社会の動き
- 大阪で初めて電灯がつく 社会の動き
明治20年(1887) - 【渋沢栄一】東京製綱会社発起委員(後に取締役会長)。東京人造肥料会社創立委員(後に取締役会長)。京都織物会社創立、相談役。日本煉瓦製造会社創立・理事(後に日本煉瓦製造株式会社取締役会長)。東京ホテル創立・理事長(後に帝国ホテル株式会社取締役会長)。北海道製麻会社・相談役。〔47歳〕 渋沢関係略年譜
- 第一回堺区製産物品評会 入賞 福助のあゆみ
明治21年(1888) - 【渋沢栄一】札幌麦酒会社創立・発起人総代(後に札幌麦酒株式会社取締役会長)。品川硝子会社設立、相談役。東京女学館開校・会計監督(後に館長)。兜町(現在の東京都中央区日本橋兜町)の新邸に転居。〔48歳〕【竜門社】出版条例の改正により『竜門雑誌』1号を改めて発行する。第1回秋季総集会を曖依村荘にて開催する。 渋沢関係略年譜
- 第二回五二会全国品評会 有功銀牌 受賞 宮内省お買い上げ 福助のあゆみ
- 第二回堺区製産物品評会 入賞 福助のあゆみ
- 最初の博士号 社会の動き
- 市町村制公布 社会の動き
明治22年(1889) - 【渋沢栄一】石川島造船所創立・委員(後に株式会社東京石川島造船所取締役会長)。門司築港会社創立・相談役。田川採炭株式会社創立・相談役。三重紡績株式会社相談役。北海道炭礦鉄道会社常議員〔49歳〕 渋沢関係略年譜
- 店舗移転(堺市甲斐町《かいのちょう》東一丁) 福助のあゆみ
- 第三回堺市製産物品評会 鶴紋章 受章 福助のあゆみ
- 大日本帝国憲法発布 社会の動き
- 大阪と堺に市制がしかれる 社会の動き
- 東海道線全線開通 社会の動き
明治24年(1891) - 【渋沢栄一】日本製帽会社相談役。東京交換所創立・委員長。東京商業会議所会頭。〔51歳〕 渋沢関係略年譜
- 兵庫地方に販路開拓 福助のあゆみ
- 大阪商業会議所設立認可 社会の動き
明治25年(1892) - 【渋沢栄一】株式会社東京貯蓄銀行創立・取締役(後に取締役会長)。元日本製帽を買収し東京帽子株式会社設立・取締役会長。〔52歳〕 渋沢関係略年譜
- 商標・〓[○+福]登録認可 福助のあゆみ
明治26年(1893) - 【渋沢栄一】喜賓会創立・幹事長。東京人造肥料株式会社取締役会長。株式会社東京石川島造船所取締役会長。王子製紙株式会社取締役会長。帝国ホテル株式会社取締役会長。 渋沢関係略年譜
- 辻本福松 堺足袋装束組合を率先創立、初代組合長となる 福助のあゆみ
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