※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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大正4年(1915) | - | 【渋沢栄一】帝国蚕糸株式会社相談役。渋沢同族株式会社設立、社長は敬三。パナマ・太平洋万国博覧会視察のため渡米。ウイルソン大統領と会見。〔75歳〕【渋沢敬三】渋沢同族株式会社設立、同社長就任。 | 渋沢関係略年譜 |
- | 《この年》・貿易収支、出超に転じる(内地出超額約1億8,000万円) | 業界・社会一般事項 | |
- | 《この年》・「銀ブラ」使われ始める | 業界・社会一般事項 | |
- | 《この年》・大阪朝日新聞社主催第1回全国中等学校優勝野球大会、豊中グラウンドで開催 | 業界・社会一般事項 | |
大正5年(1916) | - | 【渋沢栄一】海外植民学校顧問。日米関係委員会創立・常務委員。第一銀行の頭取等を辞め実業界を引退。理化学研究所創立委員長。喜寿記念として第一銀行が玉川清和園に記念館誠之堂建設。渋沢栄一述『論語と算盤』(東亜堂書房)刊行。〔76歳〕【竜門社】青淵先生の喜寿祝賀会開催し、記念品として林泰輔編『論語年譜』を青淵先生に贈呈する。 | 渋沢関係略年譜 |
10月9日 | 寺内正毅内閣成立 | 業界・社会一般事項 | |
12月13日 | ドイツの講和提議により、株式相場大暴落、東京・大阪株式取引所立会停止 | 業界・社会一般事項 | |
- | 三井物産、ニューヨーク棉花支部をダラスに移す | 当社事項 | |
- | 《この年》・アインシュタイン、一般相対性理論を定式化 | 業界・社会一般事項 | |
大正6年(1917) | - | 【渋沢栄一】日米協会創立・名誉副会長。飛鳥山邸(曖依村荘)に晩香廬落成、喜寿の祝いに合資会社清水組より贈られる。〔77歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
3月12日 | ロシア2月革命。11.7 10月革命 | 業界・社会一般事項 | |
9月12日 | 大蔵省、金貨幣・金地金輸出取締令を公布(事実上の金本位制停止) | 業界・社会一般事項 | |
11月14日 | 三井物産棉花部、各地に支部を設置//大連、名古屋、京城、青島 | 当社事項 | |
- | 《この年》・会社の新設・増資盛ん(事業計画資本金額約16億円) | 業界・社会一般事項 | |
- | 《この年》・綿織物輸出額1億2,745万円となり、綿糸輸出額1億813万円をしのぐ | 業界・社会一般事項 | |
- | 《この年》・貿易収支、空前の黒字となる(内地出超額約5億7,000万円) | 業界・社会一般事項 | |
大正7年(1918) | - | 【渋沢栄一】渋沢栄一著『徳川慶喜公伝』(竜門社)刊行。〔78歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
3月25日 | 第1次日米船鉄交換契約仮調印。5.16第2次調印 | 業界・社会一般事項 | |
5月1日 | 三菱商事(株)開業 | 業界・社会一般事項 | |
7月6日 | 大阪期米暴騰の結果、堂島米穀取引所後場立会停止(米騒動の始まり) | 業界・社会一般事項 | |
8月2日 | 政府、シベリア出兵を宣言 | 業界・社会一般事項 | |
9月29日 | 原敬内閣成立 | 業界・社会一般事項 | |
11月11日 | ドイツ、連合国と休戦協定調印(第1次世界大戦終わる) | 業界・社会一般事項 | |
- | (春)世界的インフルエンザとなったスペイン風邪、日本に伝わり、翌年にかけ大流行(死者15万人に及ぶ) | 業界・社会一般事項 |