(株)ミキモト『御木本真珠発明100年史』(1994.07)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治21年(1888) - 【渋沢栄一】札幌麦酒会社創立・発起人総代(後に札幌麦酒株式会社取締役会長)。品川硝子会社設立、相談役。東京女学館開校・会計監督(後に館長)。兜町(現在の東京都中央区日本橋兜町)の新邸に転居。〔48歳〕【竜門社】出版条例の改正により『竜門雑誌』1号を改めて発行する。第1回秋季総集会を曖依村荘にて開催する。 渋沢関係略年譜
12月 (30歳)試験養殖で稚貝の付着をみる 御木本幸吉略年譜
明治22年(1889) - 【渋沢栄一】石川島造船所創立・委員(後に株式会社東京石川島造船所取締役会長)。門司築港会社創立・相談役。田川採炭株式会社創立・相談役。三重紡績株式会社相談役。北海道炭礦鉄道会社常議員〔49歳〕 渋沢関係略年譜
- (31歳)鳥羽湾内の相島(現・真珠島)の一部を所有 御木本幸吉略年譜
- 御木本家、相島(真珠島)の一部を所有する 御木本真珠島略史
明治23年(1890) - 【渋沢栄一】貴族院議員に任ぜられる。三本木渋沢農場開墾開始。〔50歳〕 渋沢関係略年譜
4月 (32歳)東京上野で開催の第3回内国博覧会に天然真珠と生きたアコヤ貝を出品、柳の紹介で箕作博士に面会、真珠の成因と養殖法の説明を受ける 御木本幸吉略年譜
9月 (32歳)神明村で半円真珠の実験養殖開始、さらに相島でも実験に入る 御木本幸吉略年譜
9月 相島で半円真珠養殖の実験に入る 御木本真珠島略史
明治24年(1891) - 【渋沢栄一】日本製帽会社相談役。東京交換所創立・委員長。東京商業会議所会頭。〔51歳〕 渋沢関係略年譜
10月 (33歳)英虞湾のアコヤ貝を広島県厳島の海岸に移植 御木本幸吉略年譜
- (33歳)大日本水産会総裁小松宮彰仁親王より「養真珠」のご親筆を賜る 御木本幸吉略年譜
明治25年(1892) - 【渋沢栄一】株式会社東京貯蓄銀行創立・取締役(後に取締役会長)。元日本製帽を買収し東京帽子株式会社設立・取締役会長。〔52歳〕 渋沢関係略年譜
11月 (34歳)神明村に赤潮大発生、実験養殖中の貝が全滅 御木本幸吉略年譜
明治26年(1893) - 【渋沢栄一】喜賓会創立・幹事長。東京人造肥料株式会社取締役会長。株式会社東京石川島造船所取締役会長。王子製紙株式会社取締役会長。帝国ホテル株式会社取締役会長。 渋沢関係略年譜
4月 (35歳)シカゴのコロンブス万国博覧会に初めて天然真珠やアコヤ貝標本を出品 御木本幸吉略年譜
7月11日 (35歳)相島で実験中の貝から半円真珠を完成 御木本幸吉略年譜
7月11日 鳥羽相島で実験中のアコヤ貝より半円真珠養殖に成功 株式会社ミキモト略史
7月11日 相島で半円真珠の養殖に成功 御木本真珠島略史
10月 (35歳)長男・隆三誕生。英虞湾田徳島に真珠養殖場を創設して事業を開始 御木本幸吉略年譜
10月 英虞湾田徳島周辺漁場6万坪借入、無人島田徳島を借入れて開拓し1棟の家屋を建設、事業の本部とする 株式会社ミキモト略史
- 米大統領マッキンレー暗殺 一般事象
- 亀山・宮川間鉄道開通 一般事象
明治27年(1894) - 【渋沢栄一】東京瓦斯株式会社取締役会長。東京海上保険株式会社取締役。北越鉄道株式会社創立発起人。札幌麦酒株式会社取締役会長。 渋沢関係略年譜
- 日清戦争勃発 一般事象
明治28年(1895) - 【渋沢栄一】東京統計協会終身会員。北越鉄道株式会社創業総会・監査役(後に相談役)。〔55歳〕 渋沢関係略年譜
- 日清講和条約調印、好景気 一般事象
明治29年(1896) - 【渋沢栄一】日本精糖株式会社創立・取締役。東京興信所創立、評議員。東京銀行集会所会長。東京印刷株式会社設立・相談役。東洋汽船株式会社創業、監査役。東京建物株式会社創立発起人。第一国立銀行が営業満期により株式会社第一銀行となる。引続き頭取。汽車製造合資会社設立・創立委員(後に監査役)。北越石油株式会社創業・相談役。日本勧業銀行設立委員。〔56歳〕【渋沢敬三】父・渋沢篤二、母・敦子の長男として都内深川に生まる。 渋沢関係略年譜
1月 (38歳)半円真珠の特許権(第2670号)取得 御木本幸吉略年譜
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