※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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大正4年(1915) | - | 【渋沢栄一】帝国蚕糸株式会社相談役。渋沢同族株式会社設立、社長は敬三。パナマ・太平洋万国博覧会視察のため渡米。ウイルソン大統領と会見。〔75歳〕【渋沢敬三】渋沢同族株式会社設立、同社長就任。 | 渋沢関係略年譜 |
9月2日 | 組合銀行、割引最低利率を協定(金利協定における貸出金利申合せの最初)。 | 協会関係 | |
11月30日 | 東京株式市場大暴騰、東株売買一二月三日まで三日間立合停止(いわゆる大戦景気の始まり)。 | 一般 | |
11月 | 生糸相場高騰、物価上昇傾向に転ずる。 | 一般 | |
大正5年(1916) | - | 【渋沢栄一】海外植民学校顧問。日米関係委員会創立・常務委員。第一銀行の頭取等を辞め実業界を引退。理化学研究所創立委員長。喜寿記念として第一銀行が玉川清和園に記念館誠之堂建設。渋沢栄一述『論語と算盤』(東亜堂書房)刊行。〔76歳〕【竜門社】青淵先生の喜寿祝賀会開催し、記念品として林泰輔編『論語年譜』を青淵先生に贈呈する。 | 渋沢関係略年譜 |
3月7日 | 銀行条例中、改正法公布(大蔵大臣の監督権限強化)。 | 一般 | |
8月26日 | 京都商工銀行、第一銀行との合併を決議(一二月一九日合併、京都商工銀行本店は第一銀行東洞院支店となる)。 | 一般 | |
11月18日 | 臨時総会にて、八月一日付にて農商務省、商工局より諮問のありたる会計士制度に関する答申案を審議可決す。 | 協会関係 | |
12月16日 | 臨時総会にて、京都手形交換所規則改正を決議。 | 協会関係 | |
12月23日 | 東京、大阪の株式市場救済措置として、日銀は興銀等を通じて特別融資を実行。 | 一般 | |
12月31日 | 兌換券発行高、未曽有の膨張(六億一千万円)。 | 一般 | |
大正6年(1917) | - | 【渋沢栄一】日米協会創立・名誉副会長。飛鳥山邸(曖依村荘)に晩香廬落成、喜寿の祝いに合資会社清水組より贈られる。〔77歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
3月7日 | 臨時総会にて、銀行集会所の組織変更についての申請書に対し、府庁は、財団法人化は民法の規定に反するものとして再考すべき旨をもって却下したため、当分現状のままとして考究することに決定。 | 協会関係 | |
6月26日 | 米価騰貴。 | 一般 | |
8月30日 | 暴利取締のため、物価調節令公布。 | 一般 | |
9月7日 | 米国、金銀輸出禁止令公布。 | 一般 | |
9月12日 | 金貨及び金地金の輸出禁止に関する大蔵省令公布、施行。 | 一般 | |
11月7日 | ロシア革命勃発。 | 一般 | |
12月8日 | 臨時総会にて、大正六年一一月二九日付にて西部逓信局より内示の郵便官署手形交換所参加規則省令案に対し、当所の希望を答申することを決定。 | 協会関係 | |
大正7年(1918) | - | 【渋沢栄一】渋沢栄一著『徳川慶喜公伝』(竜門社)刊行。〔78歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
4月1日 | 京都市家屋税条例施行と合わせて、朱雀野村など一六町村が京都市に編入される。 | 一般 | |
4月9日 | 臨時総会にて、当所創立二〇周年記念祝賀会開催に関して決議。(費用一、〇〇〇円) | 協会関係 | |
5月15日 | 野村銀行設立。 | 一般 | |
5月 | 大蔵省、銀行合同を奨励。 | 一般 |