(株)三井銀行『三井銀行 : 100年のあゆみ』(1976.07)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
慶応3年(1867) - 【渋沢栄一】将軍名代・徳川昭武に従ってフランスへ出立、パリ万国博覧会などを視察。〔27歳〕 渋沢関係略年譜
10月 大政奉還 社会・経済の動き
12月 小野・島田家とともに新政府の金穀出納所(大蔵省の前身)御用達を拝命 行内の動き
慶応4年(1868) - 【渋沢栄一】明治維新によりフランスより帰国、駿河国駿府(現在の静岡県静岡市)で慶喜に面会。〔28歳〕 渋沢関係略年譜
1月 会計基立金三〇〇万両の調達に尽力(本文九ページ) 行内の動き
1月 戊辰戦争起こる 社会・経済の動き
2月 金穀出納所が会計事務局と改称されるにともない御為替方三井組と称し、政府の金融事務を担当 行内の動き
4月 太政官札(金札)の発行布告(閏4月) 社会・経済の動き
7月 江戸を東京と改称 社会・経済の動き
9月 明治と改元 社会・経済の動き
明治2年(1869) - 【渋沢栄一】駿府藩(後に静岡藩)に「商法会所」設立。上京。明治政府に仕え、民部省租税正となる。民部省改正掛掛長を兼ねる。湯島天神中坂下(現在の東京都文京区湯島)に居を構える。〔29歳〕 渋沢関係略年譜
2月 主要都市における政府の通商会社並びに為替会社設立にともない、三井八郎右衛門(高福)ら総頭取等の役職を拝命し会社制度を体験(本文九ページ) 行内の動き
2月 通商司の設置を布告 社会・経済の動き
3月 東京に遷都 社会・経済の動き
6月 版籍奉還 社会・経済の動き
明治4年(1871) - 【渋沢栄一】大蔵省紙幣頭となる。神田小川町裏神保小路(現在の東京都千代田区神田神保町)に転居。『立会略則』刊行。〔31歳〕 渋沢関係略年譜
2月 三井御用所、鉄砲洲から兜町・海運橋に移転 行内の動き
2月 大阪造幣寮開業 社会・経済の動き
5月 新貨条例発布(1両を1円とする) 社会・経済の動き
6月 三井組、単独で新貨幣為換方御用(御用為換座)を拝命(本分一一ページ) 行内の動き
7月 大蔵省に新貨幣銀行願書を提出(最初の銀行設立出願)。いったん認可されたが、9月取消しとなる 行内の動き
7月 廃藩置県 社会・経済の動き
10月 大蔵省正金兌換証券六八〇万円を三井組名義で発行(三井札。本文一四~五ページ) 行内の動き
11月 海運橋三井組ハウス上棟式 行内の動き
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