(株)三菱銀行『三菱銀行史. 続々』(1999.11)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治14年(1881) - 【渋沢栄一】ハワイ国皇帝ディヴィド・カラカウァ飛鳥山訪問。東京大学より文学部「日本財政論」の講師を嘱託される。〔41歳〕 渋沢関係略年譜
12月9日 政府、準備金条例(明治十一年七月一日制定)を改正、正貨蓄積に努める 一般
明治15年(1882) - 【渋沢栄一】大阪紡績会社創立。千代夫人死去。〔42歳〕 渋沢関係略年譜
2月28日 三菱為換店各店の資金額限定を立案 当行 前史
4月1日 郵便汽船三菱会社、商船学校を政府に移管 当行 前史
4月22日 三菱為換店、阪神・京浜間において無保険貨物に対する為替金貸付を始める 当行 前史
5月6日 大蔵省、私立銀行及び銀行類似会社創立出願方制定公布 一般
6月27日 日本銀行条例公布(十月九日特許状及び営業免状下付、十日開業) 一般
7月26日 共同運輸会社設立命令書下付(十六年一月一日開業、以後三菱、共同の競争始まる) 一般
10月11日 日銀、公定歩合の形式を公債抵当貸、金銀貨抵当貸、割引の三種とする 一般
10月 紡績連合会設立 一般
12月11日 為替手形約束手形条例制定 一般
明治16年(1883) - 【渋沢栄一】大阪紡績会社相談役、同社工場落成。 東京電燈会社創立(後に委員)。伊藤兼子(かね子)と再婚。〔43歳〕 渋沢関係略年譜
4月27日 政府、日本銀行に国庫金取扱い方を命じる(七月一日開始) 一般
5月5日 国立銀行条例改正(営業期間を開業許可後二〇カ年とし、満期後は私立銀行としてのみ存続を許可、紙幣発行権を逐次禁止) 一般
明治17年(1884) - 【渋沢栄一】東京商業学校(前、商法講習所)校務商議委員。磐城炭礦社設立・会長。日本鉄道会社理事委員(後に日本鉄道株式会社取締役)。〔44歳〕 渋沢関係略年譜
2月27日 三菱為換店、各店独立計算制度を採用し業況悪化に備える 当行 前史
4月 秩禄公債の償還完了 一般
5月5日 ニューヨークに金融恐慌勃発 一般
5月26日 兌換銀行券条例公布(七月一日施行) 一般
6月23日 郵便汽船三菱会社、工部省所管長崎造船局の貸下げを受け長崎造船所に改称 当行 前史
9月20日 大蔵省証券条例制定 一般
9月 三菱為換店横浜支店廃止 当行 前史
11月 三菱為換店事業廃止を決定 当行 前史
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