東京海上火災保険(株)『東京海上火災保険株式会社六十年史』(1940.10)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治11年(1878) - 【渋沢栄一】東京商法会議所創立・会頭(後に東京商業会議所・会頭)。〔38歳〕 渋沢関係略年譜
5月13日 関係者第一国立銀行に会合し渋沢栄一氏より海上保険会社創立に関する調査書の提示を受け、説明を聴取す。
6月6日 海上保険会社創立のことを正式に決す。
6月18日 渋沢栄一氏を総理代人に任じ、海上保険会社創立事務を委嘱す。
7月19日 創立願書を東京府知事に提出す。
8月13日 岩崎弥太郎氏創立に加盟す。
12月6日 創立聴許のこと内務卿より東京府知事へ指令す。
12月12日 創立聴許のこと東京府知事より発起人へ通知す。
明治12年(1879) - 【渋沢栄一】東京海上保険会社創立。北豊島郡西ケ原村(現在の東京都北区西ケ原)に別荘(飛鳥山邸、翌年曖依村荘と命名)を構える。グラント将軍(元アメリカ大統領)歓迎会(東京接待委員総代)。養育院院長。〔39歳〕 渋沢関係略年譜
7月14日 創立証書並に定款認可願を東京府知事に提出す。
7月30日 右許可の件東京府知事より会社へ通知す。
8月1日 営業開始す。日本人所有の貨物のみを引受く。本店を東京市日本橋区南茅場町二十三番地に置く。
8月9日 船舶検査に付て駅逓局に願出づ。
9月20日 頭取蜂須賀茂韶氏退任し、伊達宗城氏頭取に、井上高格氏取締役に就任す。
12月13日 貨物保険引受内規を改め、日本船舶積載の外国人所有の貨物も全損に限り引受くることゝす。
明治13年(1880) - 【渋沢栄一】博愛社社員(後に日本赤十字社常議員)。〔40歳〕 渋沢関係略年譜
4月19日 臨時株主総会を開催して船舶保険開始の件を決議し、駅逓局へ願出づ。
7月1日 取締役井上高格氏退任し、水原久雄氏取締役に就任す。
11月1日 船舶保険開始の件に関し、東京府知事に願出づ。
明治14年(1881) - 【渋沢栄一】ハワイ国皇帝ディヴィド・カラカウァ飛鳥山訪問。東京大学より文学部「日本財政論」の講師を嘱託される。〔41歳〕 渋沢関係略年譜
7月11日 取締役柏村信氏退任す。
7月26日 武田正規氏取締役に就任す。
7月30日 取締役寺西成器氏退任す。
7月31日 北川亥之作氏取締役に就任す。
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