サントリー(株)『みとくんなはれ』(1969.06)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治44年(1911) - 【渋沢栄一】日露協会評議員。維新史料編纂会委員。財団法人済生会設立、顧問・評議員。勲一等に叙し瑞宝章を授与される。〔71歳〕 渋沢関係略年譜
2月1日 「ヘルメスウイスキー」名士推せん広告開始 当社関係
2月10日 帝国劇場落成 一般
8月 東京銀座に「カフェーライオン」京橋に「カフェープランタン」開店 洋酒・ビール業界
明治45年(1912) - 【渋沢栄一】日本鋼管株式会社発起人。日仏銀行相談役。ニューヨーク日本協会協賛会創立・名誉委員長。帰一協会成立。〔72歳〕 渋沢関係略年譜
3月15日 共同経営者、西川定義と別れ、大阪市東区住吉町五十二番地に店舗を移し独立 当社関係
7月5日 第五回オリンピック「ストックホルム大会」に初参加 一般
7月5日 東京タクシー自動車株式会社設立、この頃よりタクシー始まる 一般
大正元年(1912) - 【渋沢栄一】日本鋼管株式会社発起人。日仏銀行相談役。ニューヨーク日本協会協賛会創立・名誉委員長。帰一協会成立。〔72歳〕 渋沢関係略年譜
7月30日 明治天皇崩御、大正と改元 一般
11月1日 神谷伝兵衛東京に洋式酒場「神谷バー」を開店 洋酒・ビール業界
1912年 - 【渋沢栄一】日本鋼管株式会社発起人。日仏銀行相談役。ニューヨーク日本協会協賛会創立・名誉委員長。帰一協会成立。〔72歳〕 渋沢関係略年譜
- 中塚栄一氏退社 当社関係
- このころ関西地方における販路確立し東京へ進出する 当社関係
大正2年(1913) - 【渋沢栄一】伯剌西爾拓植株式会社創立準備委員。日本結核予防協会創立・副会頭(後に会頭)。中国興業株式会社(後の中日実業)創立、相談役。日本実業協会創立・会長。帝国飛行協会成立、評議員。〔73歳〕 渋沢関係略年譜
2月 組織を法人に改め、合名会社寿屋洋酒店(資本金九千円)となる 当社関係
- 帝国麦酒「サクラビール」発売 洋酒・ビール業界
- 山梨県の小山葡萄園改組して、大日本葡萄酒醸造株式会社となり「登美ワイン」を発売 洋酒・ビール業界
- 合資会社摂津酒精醸造所ブランデー、ウイスキー、甘味葡萄酒等の洋酒製品の製造販売開始 洋酒・ビール業界
大正3年(1914) - 【渋沢栄一】東北九州災害救済会創立、副総裁。合資会社国際通信社設立、相談役。日中経済界の提携のため中国訪問。財団法人国産奨励会設立準備委員総代、顧問。〔74歳〕 渋沢関係略年譜
1月 「赤玉ムスカト葡萄酒」を製造発売 当社関係
2月1日 事業の進展により合資会社寿屋洋酒店とする。代表無限責任社員、鳥井信治郎(資本金十万円) 当社関係
7月28日 第一次世界大戦勃発 一般
- 北工場と北倉庫を大阪市東区住吉町六十一番地に設け漸く家内工業色を脱す 当社関係
- この当時、国内の葡萄酒製造業者四百に達す 洋酒・ビール業界
- この年以後、世界大戦のため欧州商品の輸入途絶し、国産洋酒の需要増加 洋酒・ビール業界
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