大日本製糖(株)『日糖最近二十五年史』(1934.04)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
大正14年(1925) - 【渋沢栄一】製鉄鋼調査会委員。史籍協会評議員。浅草寺臨時営繕局顧問。日本無線電信株式会社設立委員長。飛鳥山邸(曖依村荘)に青淵文庫竣工、傘寿と子爵昇格の祝いを兼ねて竜門社より贈られる。〔85歳〕【渋沢敬三】横浜正金銀行退職。 渋沢関係略年譜
4月1日 大阪工場所在所大阪市に編入東成区友淵町一二一と改称
5月20日 東京工場上棟式挙行
6月2日 秩父宮殿下台湾工場御台覧の光栄に浴す
6月15日 第五十九回定時株主総会を丸の内生命保険協会に於て開催す小倉敬止氏監査役に当選す
6月20日 監査役岡村左右松氏辞任す
7月6日 藤山社長榛名丸にて南洋視察の途に就かる
8月1日 社債募集の件に関する臨時株主総会を丸の内生命保険協会に於て開催す
12月1日 大阪に会員組織の砂糖取引所開設せらる
12月15日 第六十回定時株主総会を丸の内生命保険協会に於て開催す
12月28日 東京工場竣成す
大正15年(1926) - 【渋沢栄一】太平洋問題調査会創立・評議員会会長。社団法人日本放送協会創立・顧問。〔86歳〕【渋沢敬三】澁澤倉庫取締役に就任。第一銀行取締役に就任。東京貯蓄銀行取締役に就任。 渋沢関係略年譜
2月27日 ゲダレン工場株主総会をバタビヤ市ストレート・スンダ・シンジケート事務所に於て開催す
6月1日 東京新工場竣工落成式を挙ぐ
6月15日 第六十一回定時株主総会を丸の内生命保険協会に於て開催す
10月10日 藤山社長に勲三等瑞宝章を賜はる
12月15日 第六十二回定時株主総会を丸の内生命保険協会に於て開催す秋山孝之輔氏、藤山九一氏、金行二郎氏取締役に、竹内荘治氏監査役に何れも新任せらる
昭和元年(1926) - 【渋沢栄一】太平洋問題調査会創立・評議員会会長。社団法人日本放送協会創立・顧問。〔86歳〕【渋沢敬三】澁澤倉庫取締役に就任。第一銀行取締役に就任。東京貯蓄銀行取締役に就任。 渋沢関係略年譜
12月25日 聖上陛下葉山に於て崩御遊はさる、各工場奉弔の意を表し臨時休業す
昭和2年(1927) - 【渋沢栄一】日本国際児童親善会創立・会長。日米親善人形歓迎会を主催。航空輸送会社設立準備調査委員会会長。〔87歳〕【渋沢敬三】東洋生命取締役に就任。理化学興業監査役に就任。 渋沢関係略年譜
1月28日 砂糖消費税及び関税定率法中改正法律案衆議院に提出され三月八日同本会議を通過次で十七日貴族院本会議に附せられ同日可決さる右四月一日より実施の旨官報にて発表されたり
2月28日 ゲダレン工場株主総会をバタビヤ市ストレート・スンダ・シンジケート事務所に於て開催す
4月21日 我国未曾有の財界、金融恐慌に内閣は瓦解し二十一日より向ふ三週間のモラトリアムは発布され、全国銀行は二十二日、二十三日の二日間臨時休業せり
4月29日 ゲダレン工場拡張工事竣成し試運転を施行す(従来より倍加され生産高二十万担となる)
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