台湾製糖(株)『台湾製糖株式会社史』(1939.09)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
昭和13年(1938) - 【渋沢敬三】国民貯蓄奨励委員会委員。 渋沢関係略年譜
4月27日 第五十九回定時株主総会を東京市麹町区丸ノ内三丁目四番地帝国鉄道協会に於て開催(株主配当年一割二分) 当社関係
5月3日 日本糖商聯盟第四回大会、名古屋商工会議所に於て開催せらる 一般
6月23日 本期製糖所優勝盃は成績審査の結果東港製糖所に授与す 当社関係
7月6日 竹田宮大妃昌子内親王殿下、阿緱製糖所に台臨あらせられ、親しく瑞竹、記念館、甘蔗耕作作業及び製糖工場を御巡覧遊ばさる 当社関係
7月9日 物品販売価格取締規則公布、即日施行せらる 一般
7月16日 国際砂糖協定第二年度(西暦一九三八年九月―同一九三九年八月)割当決定せらる 一般
7月26日 台湾軍司令官より軍需品生産拡充に付、優渥なる聖旨の伝達を拝受す 当社関係
9月5日 当社全採取区域内蔗農有志を以て、聖旨奉戴糖業報国二十五万斤蔗園期成同盟会組織せらる 当社関係
9月29日 昭和十四年度産糖調節協定調印完了す(供給基数一六、五〇〇、〇〇〇担) 一般
9月30日 台湾酒精令改正の件公布せらる 一般
10月18日 製糖及び副業研究部研究室、本社構内に竣工す 当社関係
10月28日 第六十回定時株主総会を東京市麹町区丸ノ内三丁目四番地帝国鉄道協会に於て開催、左記事項を議決す//一、監査役一名任期満了に付改選の結果、城戸崎広三当選重任す 一、監査役一名辞任に付補欠選挙の結果、伊藤重郎当選就任す 一、会社を代表すべき取締役一名選挙の結果、取締役筧干城夫当選就任す 一、退任重役に慰労金贈呈の件は取締役会に一任す 一、株主配当年一割二分 当社関係
10月28日 取締役鳥居信平は会社代表取締役及び常務取締役を辞任す 当社関係
11月18日 恩賜財団軍人援護会へ基金として一百万円を寄附す 当社関係
12月5日 台湾不動産株式会社、創立総会を三井物産株式会社高雄支店に於て開催す 当社関係
12月13日 糖業会館、上棟式挙行せらる 一般
12月28日 当社創立発起人として、又引続き取締役、相談役として多年尽力せられたる益田孝逝去 当社関係
昭和14年(1939) - 【竜門社】財団法人渋沢青淵翁記念会と共催で「青淵先生生誕百年記念祭」を挙行する。日本実業史博物館建設地鎮祭を挙行する。 渋沢関係略年譜
1月13日 糖業聯合会、南支糖業調査団派遣を決定す 一般
1月17日 糖業聯合会より派遣の南支糖業調査団員は左記五氏に決定す//中村誠司(糖聯主事)、永井清次(日糖取締役兼台湾支社理事)、中島与市(当社湾裡製糖所長)、鈴木進一(明糖農務部長)、浅野武雄(塩水港取締役兼同社農務部長) 一般
2月11日 聖旨奉戴糖業報国二十五万斤蔗園期成同盟会蔗農代表者二十一名、当社役員及び従業員代表、社長武智直道外参列し、台北市に於て献納式を挙行、金二十五万円を陸海軍へ献納す 当社関係
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