日本製粉(株)『九十年史』(1987.02)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
昭和2年(1927) - 【渋沢栄一】日本国際児童親善会創立・会長。日米親善人形歓迎会を主催。航空輸送会社設立準備調査委員会会長。〔87歳〕【渋沢敬三】東洋生命取締役に就任。理化学興業監査役に就任。 渋沢関係略年譜
2月 小樽支店を北海道高島郡高島町大字高島町字ポン泊に移転 当社事項
3月 金融恐慌始まる 業界・一般事項
3月 台湾銀行、鈴木商店への新規貸出打切りを決定。鈴木商店苦境に立つ 業界・一般事項
4月 鈴木商店破綻 業界・一般事項
4月 台湾銀行、台湾島内店を除く全店を休業、全国に銀行取付広まる 業界・一般事項
4月 支払延期令公布施行(3週間のモラトリアム) 業界・一般事項
4月 全国の銀行、2日間の一斉休業 業界・一般事項
5月 三井物産と製品一手販売に関する契約締結(鈴木商店との関係解消) 当社事項
5月 名古屋出張所廃止 当社事項
6月 輸出小麦粉用原料の免税手続は、製造歩留を73%とする標準歩合による検査に改定 業界・一般事項
昭和3年(1928) - 【渋沢栄一】日本女子高等商業学校建設後援会発起人。日本航空輸送株式会社創立・創立委員長。〔88歳〕【竜門社】青淵先生米寿祝賀会を開催し、斯文会編訳『国訳論語』等を記念品として青淵先生に贈呈する。 渋沢関係略年譜
2月 日商株式会社(鈴木商店の後身、43年10月、日商岩井株式会社)創立 業界・一般事項
3月 臨時株主総会。393万7500円に減資。窪田取締役社長辞任。安川雄之助取締役会会長、小林正直代表取締役、中村藤一代表取締役専務取締役就任。窪田駒吉相談役就任 当社事項
3月 仙台工場出火、工場建物全部と付属建物の一部を焼失 当社事項
4月 神戸支店を神戸市海岸通3番地に、下関支店を下関市大字西南部町61番地に移転 当社事項
5月 本店を東京市京橋区畳町8番地(現在の片倉ビル)に移転 当社事項
5月 7社による生産制限協定満期終了。日本、日清、松本米穀3社間で小麦粉販売申合せ 業界・一般事項
7月 名古屋工場竣工(2000バーレル) 当社事項
10月 正田・安川紳士協定(販売価格協定、販売地盤現状維持、無謀競争排除、輸出協力) 業界・一般事項
昭和4年(1929) - 【渋沢栄一】アメリカン・ソサエティ・オブ・メカニカル・エンジニア名誉会員。中央盲人福祉協会創立・会長。〔89歳〕 渋沢関係略年譜
3月 休業中の小山工場運転再開 当社事項
6月 下関支店を門司市大字門司字桟橋通2番地ノ4に移転し門司支店に改称、小樽支店を小樽市色内町5丁目10番地に移転。名古屋支店(名古屋市中区笹島町4丁目2番地)設置 当社事項
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