※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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大正9年(1920) | - | 【渋沢栄一】社団法人国際聯盟協会創立・会長。日華実業協会創立、会長。子爵を授けられる。〔80歳〕【竜門社】青淵先生八十寿及び子爵へ陞爵の祝賀会を開催し、記念として青淵文庫を青淵先生に贈呈する。 | 渋沢関係略年譜 |
2月 | 東京で一一一団体、数万人の普選大示威行進決行される | 社会の歩み | |
3月 | 『ダイヤモンド』春季倍大号「内外糖業概観特輯」実売部数三万に達す | 当社の歩み | |
3月 | 株価暴落、“戦後恐慌”始まる | 社会の歩み | |
5月 | 日本最初のメーデー開催 | 社会の歩み | |
5月 | 全国書籍商組合連合会創立 | 社会の歩み | |
7月 | 『婦人家庭雑誌』を発行(八月号) | 当社の歩み | |
- | この年行なわれた『ダイヤモンド』の年四回(一・三・五・十月)倍大号制はその後、毎年踏襲された | 当社の歩み | |
大正10年(1921) | - | 【渋沢栄一】ワシントン軍縮会議実況視察のため渡米。ハーディング大統領と会見。〔81歳〕【渋沢敬三】東京帝大経済学部卒業。横浜正金銀行へ入行。 | 渋沢関係略年譜 |
1月 | 大阪朝日新聞、最初のグラビア印刷の写真付録を添付 | 社会の歩み | |
2月5日 | 『放資案内』を創刊 | 当社の歩み | |
4月 | 『婦人家庭雑誌』五月号限りで廃刊 | 当社の歩み | |
4月 | 度量衡法改正公布(メートル法を基本とする) | 社会の歩み | |
6月 | 本社社屋増築落成(計六〇坪)、新館一階に印刷工場を移転 | 当社の歩み | |
7月 | 川崎造船・三菱造船争議起こる、参加者三万人 | 社会の歩み | |
8月 | 『ダイヤモンド』臨時特別号に米国学者の論戦を訳載 | 当社の歩み | |
8月 | 『ダイヤモンド』十一日号以降、四回にわたって東京市電の窮状論争を掲載 | 当社の歩み | |
10月 | 傍系会社・美術印刷(株)を創設、同社専務に石山賢吉が就任(十二年五月、取締役社長)、工場を東京府下高田町一九五に設ける | 当社の歩み | |
11月 | 原首相、東京駅頭で暗殺される | 社会の歩み | |
11月 | ワシントン軍縮会議開催 | 社会の歩み | |
- | この年、会社の解散・減資が激増 | 社会の歩み | |
大正11年(1922) | - | 【渋沢栄一】小畑久五郎翻訳、栄一序文『アンドルー・カーネギー自伝』冨山房より刊行。日仏協会会頭。アルメニア難民救済委員会委員長。〔82歳〕【渋沢敬三】横浜正金銀行ロンドン支店転任。 | 渋沢関係略年譜 |
2月 | ワシントン海軍軍備制限条約調印 | 社会の歩み |