※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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昭和8年(1933) | - | 【竜門社】青淵先生の遺言により渋沢家から曖依村荘を受贈する。財団法人渋沢青淵翁記念会が東京・常盤橋公園に青淵先生の銅像を建てる。 | 渋沢関係略年譜 |
3月23日 | ドイツ国会、授権法案を可決(ヒトラーの独裁なる)。 | 内外重要事項 | |
3月27日 | 日本は国際連盟より脱退する旨通告、国際連盟脱退に関する詔書発せらる | 内外重要事項 | |
4月25日 | マクドナルド、ルーズベルト、エリオの英米仏三国巨頭会談。 | 内外重要事項 | |
5月17日 | 米国合同通信社(UP)社長ロイ・ウイルソン・ハワード来日。 | 通信社関係 | |
5月26日 | 中外商業新報社長・簗田〓[金+久]次郎退任し、田中都吉社長となる。 | 新聞放送関係 | |
5月29日 | 読売新聞記者岩田得三、大島三原山の噴火口探検に成功す。 | 新聞放送関係 | |
5月 | AP総支配人ケント・クーパー初めて来日、月余の滞在中、岩永裕吉と聯合・AP間のニュース交換につき折衝し契約書に調印。ロイターはこれを憤り、APに対し前年締結の四社協定破棄を通告した。 | 通信社関係 | |
6月20日 | 「日本工業新聞」(大阪)創刊。 | 新聞放送関係 | |
7月11日 | 神兵隊事件発覚。 | 内外重要事項 | |
7月27日 | 関東軍司令官・武藤信義大将死去(後任菱刈隆)。 | 内外重要事項 | |
8月 | 岩永裕吉、APとロイターを歴訪、APの要請に基づきロイターAP間の調停、斡旋に努力して成功、聯合・ロイター間の新契約についても折衝した。 | 通信社関係 | |
9月 | 右[岩永裕吉、APとロイターを歴訪、APの要請に基づきロイターAP間の調停、斡旋に努力して成功、聯合・ロイター間の新契約についても折衝した。]に基づき新聞聯合社はロイター通信社と新契約を結び初めて対等の地位に立ち、英国以外の地域でニュースの取材、配布の権利を獲得。 | 通信社関係 | |
10月14日 | ドイツ、国際連盟から脱退。 | 内外重要事項 | |
10月27日 | 大阪毎日取締役会長、城戸元亮退陣、取締役会長に岡実、専務取締役に奥村信太郎就任。 | 新聞放送関係 | |
10月 | 外務省案の「聯合」・「電通」合併による強力通信社の設立に関し新聞聯合社から欣然参加協力する旨正式回答。 | 通信社関係 | |
11月14日 | 朝日新聞社長・村山竜平死去。年八十四。二十九日大阪朝日本社で社葬。 | 新聞放送関係 | |
11月14日 | 五・一五事件海軍側被告に判決。 | 内外重要事項 | |
11月16日 | 米国、ソ連を承認。 | 内外重要事項 | |
11月 | 日本電報通信社、二百万円をもって一切の営業権を新通信社に譲渡する旨の誓約書を外務省に提出。 | 通信社関係 | |
12月5日 | 日本電報通信社長・光永星郎貴族院議員に勅選さる。 | 通信社関係 |