(株)日本経済新聞社『日本経済新聞社120年史』(1996.12)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
昭和14年(1939) - 【竜門社】財団法人渋沢青淵翁記念会と共催で「青淵先生生誕百年記念祭」を挙行する。日本実業史博物館建設地鎮祭を挙行する。 渋沢関係略年譜
8月1日 用紙不足で減ページ断行、朝刊10ページ、夕刊4ページ、朝夕刊同時配達区域は夕刊を廃し朝刊12ページとする。第1面の全面広告を廃し記事面に変更
9月18日 物価停止令により定価、広告料金クギ付けとなる
11月23日 各社申し合わせ祭日の夕刊を休刊
昭和15年(1940) - 【竜門社】第100回会員総会並に記念展観を開催する。 渋沢関係略年譜
1月24日 第57回定時株主総会、佐藤新衛、小汀利得両取締役と藤井輝雄監査役重任。定款を追加し、株式裏書譲渡および質権設定を禁止
2月12日 新活字を採用し15段制をとる
4月2日 中外物価指数の掲載を休止
4月16日 ニューヨーク、ベルリンに通信員を置く
4月22日 「週間国際情勢」欄を新設
7月1日 大阪中外商業新報も15段制を実施
7月24日 第58回定時株主総会、大谷浩取締役重任
7月27日 さらに減ページ、朝刊8ページとなる
10月1日 三井所有の本社株式をすべて本社役員、従業員、特別関係者で保有することに決定、第1回分譲株式を引き取り、社員に分譲
11月3日 中外診療所閉鎖
昭和16年(1941) - 【渋沢敬三】全国貯蓄銀行協会会長に就任。第一銀行副頭取に就任。 渋沢関係略年譜
1月1日 初刊8ページ
1月11日 新聞紙等掲載制限令公布
5月21日 編集局職制変更、地方産業課を廃止し地方部を置く
5月28日 社団法人日本新聞連盟誕生、田中社長が理事長に就任
6月9日 さらに減ページ、朝刊平日6ページ、月曜付け4ページとなる
6月30日 三井所有本社株式全部の引き取りを終わり、社内株主による自主経営となる
8月1日 三井から贈与された2000株を基本財産として「中外福祉会」(社員福祉機関)を設立
PAGE TOP