(社)日本綿花協会『綿花百年. 下巻』(1969.06)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
昭和6年(1931) - 【渋沢栄一】癩予防協会会頭・理事。11月11日永眠。〔91歳〕【渋沢敬三】東京貯蓄銀行会長に就任。 渋沢関係略年譜
9月18日 満州事変勃発
12月13日 金輸出、再禁止
- 米綿の輸入量、インド綿を凌駕して輸入原綿の首位(昭和2年に一時的に凌駕)を占める
昭和7年(1932) - 【竜門社】第一次青淵先生伝記資料編纂事業を開始する。【渋沢敬三】第一銀行常務取締役就任。 渋沢関係略年譜
1月28日 上海事変勃発
8月30日 インド、綿布関税引上げ(英国25%、その他諸国50%課税)
昭和8年(1933) - 【竜門社】青淵先生の遺言により渋沢家から曖依村荘を受贈する。財団法人渋沢青淵翁記念会が東京・常盤橋公園に青淵先生の銅像を建てる。 渋沢関係略年譜
3月27日 国際連盟脱退
3月29日 外国為替管理令公布、対英1シル2ペンスに釘付け
3月 米国に金融恐慌起こる
3月 米国、金輸出禁止
4月10日 英政府、日印通商条約廃棄を通告
5月15日 エジプト政府、綿布関税3割引上げを実施
6月7日 インド政府、綿布関税引上げ(英国綿布は据置、その他諸国の綿布は従価7割5分)
6月9日 綿花同業会、紡連のインド綿不買に賛同決議
9月25日 日印会商開始
10月24日 ペルシャ綿花1万2000俵を初めて輸入
- 米国デュポン社のカロザース、ポリアミド(ナイロン)合成に成功
- 日本綿布輸出量、初めて英国を凌駕
昭和9年(1934) - 【渋沢敬三】日本民族学会理事就任。 渋沢関係略年譜
1月6日 紡連、日印新通商条約の大綱妥結の大め、インド綿不買決議を撤回
2月14日 日英綿業会商第1回会議ロンドンで開催。その後3月14日第6次におよんで決裂
6月8日 日蘭会商第1回会議バタビアで開催。その後決裂し12月25日に日本代表引揚げ
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