レンゴー(株)『レンゴー株式会社八十年史 : 1909-1989』(1995.04)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
大正7年(1918) - 【渋沢栄一】渋沢栄一著『徳川慶喜公伝』(竜門社)刊行。〔78歳〕 渋沢関係略年譜
- 独・米製の機械を増設 社内関係事項
大正8年(1919) - 【渋沢栄一】アメリカ合衆国政府より日米船鉄交換争議の仲裁人を委嘱される。協調会創立・副会長。〔79歳〕 渋沢関係略年譜
- 三成社などの業績順調に伸び経営基盤を固める 社内関係事項
- (この頃)国鉄貨物に段ボール包装を試送 業界事項
- (この年)日本、工業国化(農業と工業の地位逆転、工場労働者147万人で5年前の2倍強に) 一般事項
大正9年(1920) - 【渋沢栄一】国際聯盟協会創立・会長。日華実業協会創立、会長。子爵を授けられる。〔80歳〕【竜門社】青淵先生八十寿及び子爵へ陞爵の祝賀会を開催し、記念として青淵文庫を青淵先生に贈呈する。 渋沢関係略年譜
1月10日 国際連盟発足 一般事項
2月 富士製紙、東京板紙を合併 業界事項
3月15日 株価と綿糸・生糸相場暴落し、戦後恐慌始まる(約半年間) 一般事項
5月2日 三成社など5社合併により「聯合紙器《れんごうしき》株式会社」を設立(資本金200万円)、社長に新荘吉生《しんじょうよしお》(東京電気(株)(現・(株)東芝)社長)、筆頭常務に井上貞治郎就任//事業所:本社及び東京工場(旧三成社)・川崎工場(旧三成社川崎分工場)・大阪第一工場(旧大阪三成社)・大阪第二工場(旧帝国紙器)・名古屋工場(旧大阪三成社名古屋工場) 社内関係事項
5月2日 日本最初のメーデー(日曜日・上野公園) 一般事項
7月25日 大阪第二工場(大阪市北区西野田草開町《そうかいちょう》55番地2=現・福島区玉川1丁目5番)焼失により大阪第一工場(大阪市東区山之下町130番地=現・天王寺区玉造本町《たまつくりほんまち》3番)を大阪工場と改称 社内関係事項
10月1日 第1回国勢調査(総人口7699万人、内地人口5596万人) 一般事項
大正10年(1921) - 【渋沢栄一】排日問題善後策を講ずるため渡米。ハーディング大統領と会見。〔81歳〕【渋沢敬三】東京帝大経済学部卒業。横浜正金銀行へ入行。 渋沢関係略年譜
2月7日 大阪工場を大阪市北区天満北《てんまきた》同心町《どうしんちょう》2丁目357番地(現・同区[北区]同心《どうしん》2丁目7番)に移転 社内関係事項
3月10日 小倉工場を小倉市西魚町《にしうおまち》11番地(現・北九州市小倉北区室町《むろまち》3丁目3番)に開設 社内関係事項
3月24日 新荘吉生社長逝去 社内関係事項
4月10日 ジェノア会議(~5.19世界の金本位制再建) 一般事項
4月 日暮里《にっぽり》工場を東京府北豊島《きたとしま》郡日暮里(現・東京都荒川区東日暮里)に開設 社内関係事項
5月5日 斎藤商店開業(後の大昭和製紙(株)) 業界事項
5月31日 年間売上高(9/6~10/5)58万円 社内関係事項
5月 川崎工場を神奈川県橘樹《たちばな》郡御幸《みゆき》村字南河原687番地(現・川崎市幸区幸町2丁目687番地)に新築し移転 社内関係事項
11月12日 ワシントン会議始まる(~11.2.6まで続会、パックス・ブリタニカ崩壊後の国際的秩序の新形成) 一般事項
PAGE TOP