日産化学工業(株)『八十年史』(1969.05)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治14年(1881) - 【渋沢栄一】ハワイ国皇帝ディヴィド・カラカウァ飛鳥山訪問。東京大学より文学部「日本財政論」の講師を嘱託される。〔41歳〕 渋沢関係略年譜
3月 大阪造幣局、硫酸自家消費のため曹達製造所を開設 社史本編//化学工業一般
3月 東京上野に第2回内国勧業博覧会開催 社史本編//社会一般
4月 農商務省設置 社史本編//社会一般
5月 セメント製造会社設立、明治24年小野田セメント製造となる 社史本編//化学工業一般
11月 官営愛知紡績所開業 社史本編//社会一般
12月 日本ペイントの前身光明社設立 社史本編//化学工業一般
明治15年(1882) - 【渋沢栄一】大阪紡績会社創立。千代夫人死去。〔42歳〕 渋沢関係略年譜
1月 硫酸瓶製造会社設立、大阪窯業の前身 社史本編//化学工業一般
10月 日本銀行開業 社史本編//社会一般
- 備中伝助、大阪に銀雪館設立、晒粉の製造開始(明治26年大阪晒粉に改組) 社史本編//化学工業一般
明治16年(1883) - 【渋沢栄一】大阪紡績会社相談役、同社工場落成。 東京電燈会社創立(後に委員)。伊藤兼子(かね子)と再婚。〔43歳〕 渋沢関係略年譜
2月 東京電灯設立 社史本編//社会一般
6月 天気予報開始 社史本編//社会一般
7月 官報第1号発行 鹿鳴館開館式 社史本編//社会一般
11月 東京商工会設立 社史本編//社会一般
12月 浅野総一郎、浅野セメント会社設立 社史本編//化学工業一般
12月 徴兵令改正(現役、予備役、後備役制を制定) 社史本編//社会一般
明治17年(1884) - 【渋沢栄一】東京商業学校(前、商法講習所)校務商議委員。磐城炭礦社設立・会長。日本鉄道会社理事委員(後に日本鉄道株式会社取締役)。〔44歳〕 渋沢関係略年譜
1月 (東京人肥)高峰、農商務省技師としてニューオルリンズ万国博覧会に出張、過燐酸石灰6トン、燐鉱石4トンを日本に持ち帰る 社史本編//日産化学
1月 官吏恩給令公布 社史本編//社会一般
5月 大蔵省印刷局、王子に製薬工場を設置、硫酸、ソーダ、晒粉の製造に着手 社史本編//化学工業一般
- この年、紙幣整理に伴い農村不況深刻化、紡績業で深夜操業はじまる 社史本編//社会一般
明治18年(1885) - 【渋沢栄一】ジャパン・ブリュワリー・コンパニー・リミテッド設立(後に理事)。日本郵船会社創立(後に日本郵船株式会社取締役)。東京瓦斯会社創立・委員長(後に東京瓦斯株式会社取締役会長)。〔45歳〕 渋沢関係略年譜
3月 多木久米次郎、兵庫県別府に多木製肥所を設立、骨粉肥料をつくる 社史本編//化学工業一般
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