日本鋼管(株)『日本鋼管株式会社四十年史』(1952.11)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治44年(1911) - 【渋沢栄一】日露協会評議員。維新史料編纂会委員。財団法人済生会設立、顧問・評議員。勲一等に叙し瑞宝章を授与される。〔71歳〕 渋沢関係略年譜
6月 白石元治郎、今泉嘉一郎、鋼管製造計画にかんし会談 わが社の沿革
- 当時すでに設立された主要鉄鋼会社はつぎのとおりである。//釜石鉱山田中製鉄所(二十年)、川崎造船所(二十九年)、官営八幡製鉄所(二十九年)、住友鋳鋼所(三十四年)、神戸製鋼所(三十八年)、日本製鋼所(四十年)、輪西製鉄所(四十年)、本渓湖煤鉄公司(四十四年)。 内外鉄鋼業界
明治45年(1912) - 【渋沢栄一】日本鋼管株式会社発起人。日仏銀行相談役。ニューヨーク日本協会協賛会創立・名誉委員長。帰一協会成立。〔72歳〕 渋沢関係略年譜
3月 第一回発起人総会開催 わが社の沿革
4月 第二回発起人総会開催 わが社の沿革
6月8日 創立、資本金二百万円(内払込資本金五十万円)。 わが社の沿革
- ドイツ、全国的な規模で銑鉄業組合成立。 内外鉄鋼業界
大正元年(1912) - 【渋沢栄一】日本鋼管株式会社発起人。日仏銀行相談役。ニューヨーク日本協会協賛会創立・名誉委員長。帰一協会成立。〔72歳〕 渋沢関係略年譜
7月 白石社長、今泉技師長欧米視察(12月まで)。 わが社の沿革
8月 工場敷地埋立開始。 わが社の沿革
12月27日 第一回株主総会開催 わが社の沿革
大正2年(1913) - 【渋沢栄一】伯剌西爾拓植株式会社創立準備委員。日本結核予防協会創立・副会頭(後に会頭)。中国興業株式会社(後の中日実業)創立、相談役。日本実業協会創立・会長。帝国飛行協会成立、評議員。〔73歳〕 渋沢関係略年譜
3月 ドイツ人技師シュミットを招く。 わが社の沿革
4月 工場建設開始 わが社の沿革
10月 中国と満蒙五鉄道の利権獲得契約成立。 内外主要事項
12月 製鋼工場(二〇瓲平炉二基)、製管工場(現第一製管工場)竣工 わが社の沿革
12月 平炉操業開始 わが社の沿革
12月 継目無鋼管製造開始 わが社の沿革
- 銑鉄瓲当相場五〇円丸鋼七六円。内地銑鉄生産高約二十四万瓲(内八幡の分十八万瓲)。鋼材約二十五万瓲(内八幡二十二万瓲)。 内外鉄鋼業界
- 各国鉄鋼生産高(単位百万瓲) アメリカ 銑鉄三一 粗鋼三一 ドイツ銑鉄一九 粗鋼一六 イギリス 銑鉄一〇 粗鋼八 フランス 銑鉄五 粗鋼五 ロシア 銑鉄四 粗鋼五 世界合計 銑鉄七九 粗鋼七七 内外鉄鋼業界
大正3年(1914) - 【渋沢栄一】東北九州災害救済会創立、副総裁。合資会社国際通信社設立、相談役。日中経済界の提携のため中国訪問。財団法人国産奨励会設立準備委員総代、顧問。〔74歳〕 渋沢関係略年譜
4月 営業開始 わが社の沿革
4月 生産高三、二八七瓲(11月まで) わが社の沿革
4月 鋼管輸入関税引上。 内外鉄鋼業界
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