※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
---|---|---|---|
寛政4年(1792) | - | 小足谷水抜の開さくに着手 | 別子 |
寛政8年(1796) | 5月 | 小足谷水抜の普請手当銀として300貫目拝借 | 別子 |
寛政9年(1797) | 9月 | 幕府、石代値段の改定を命ず | 住友・一般 |
- | 買請米代外2割安廃止、松山石代値段引き上げ | 別子 | |
- | 面谷銅山(福井県)稼行(~寛政11) | 住友・一般 | |
寛政10年(1798) | 7月 | 買請米代外2割安廃止などの見返りとして手当銀年69貫目の支給決定 | 別子 |
寛政11年(1799) | 8月 | 地売銅売上げ開始、御用銅4万斤増額 | 別子 |
寛政12年(1800) | - | 銅山改革、支配人更迭、勘定仕法や掛板の制定 | 別子 |
享和3年(1803) | 1月 | 買請米運搬船、今治藩領江之島付近で難破 | 別子 |
10月 | 輸入錫・鈴・釷丹の一手買い出願(不許可) | 住友・一般 | |
文化元年(1804) | 5月 | 阿波藩からの訴えにより幕府普請役落合文五郎ら銅水被害を調査 | 別子 |
7月 | 風水害発生、被害甚大(8月も) | 別子 | |
8月 | 小足谷水抜工事中止 | 別子 | |
8月 | 手当銀60貫目増額、計150貫目となる | 別子 | |
- | このころ「鼓銅図録」成立か | 住友・一般 | |
文化3年(1806) | 8月 | 災害復旧のため手当金8000両拝借、以後同様の名目でたびたび融資を受ける | 別子 |
文化8年(1811) | 2月 | 銅山御用達の名目と住友の苗字使用許可 | 住友・一般 |
文化10年(1813) | 11月 | [閏11月]立川下財小屋焼失 | 別子 |
文化11年(1814) | 11月 | 御用銅増額分4万斤免除 | 別子 |
文化12年(1815) | - | 小泉銅鉛山稼行(~文政11) | 住友・一般 |