東京芝浦電気(株)『東芝百年史』(1977.03)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治12年(1879) - 【渋沢栄一】東京海上保険会社創立。グラント将軍(元第18代米国大統領)歓迎会(東京接待委員長)。〔39歳〕 渋沢関係略年譜
1月29日 万国電信条約に加盟 社外事項
12月12日 電信局製機所 はじめてモールス印字機10台を製作 社外事項
- エジソン 炭素電球を完成 社外事項
明治13年(1880) - 【渋沢栄一】博愛社創立・社員(後に日本赤十字社・常議員)。〔40歳〕 渋沢関係略年譜
11月 松方正義 不換紙幣整理に着手、以後明治18年ごろまで不況続く 社外事項
明治14年(1881) - 【渋沢栄一】ハワイ国皇帝ディヴィド・カラカウァ飛鳥山訪問 〔41歳〕 渋沢関係略年譜
1月 明工舎(現 沖電気工業)設立 社外事項
7月7日 農商務省設置 社外事項
11月7日 s[株式会社芝浦製作所] 田中久重 死去、養子大吉 二代田中久重を襲名し、遺業を継承 社内事項
明治15年(1882) - 【渋沢栄一】大阪紡績会社創立。ちよ夫人死去。〔42歳〕 渋沢関係略年譜
6月27日 日本銀行条例制定 社外事項
11月1日 東京電灯 事業宣伝に東京銀座で2,000燭光のアーク灯を連夜点灯 社外事項
11月 s[株式会社芝浦製作所] 二代田中久重 芝金杉新浜町に新工場を建設、店舗を残して工場をここに移転、田中製造所と称す。主として海軍兵器、通信機類を製作、敷地約1万m2、建物8棟延約2,500m2、工員約200名 社内事項
明治16年(1883) - 【渋沢栄一】大阪紡績会社工場落成・発起人(後に相談役)。伊藤かねと再婚。〔43歳〕 渋沢関係略年譜
2月15日 東京電灯会社設立 社外事項
明治17年(1884) - 【渋沢栄一】東京商業学校(前、商法講習所)校務商議委員。磐城炭礦社設立・会長日本鉄道会社理事委員(後に取締役)。〔44歳〕 渋沢関係略年譜
6月25日 上野・高崎間鉄道開通式で白熱灯24個とアーク灯1個を点灯 社外事項
- T[東京電気株式会社] 藤岡市助 電球製造技術修得のため渡米 社内事項
明治18年(1885) - 【渋沢栄一】ジャパン・ブリュワリー・コンパニー・リミテッド設立(後に理事)。日本郵船会社創立(後に取締役)。東京瓦斯会社創立(創立委員長、後に取締役会長)。〔45歳〕 渋沢関係略年譜
11月29日 東京銀行集会所開所式に40個の白熱電灯を点灯 社外事項
明治19年(1886) - 【渋沢栄一】「竜門社」創立。東京電灯会社開業(後に委員)。〔46歳〕【竜門社】竜門社が東京・深川福住町の青淵先生邸内に創立する。機関誌『竜門雑誌』創刊号を刊行。 渋沢関係略年譜
12月 s[株式会社芝浦製作所] 二代田中久重 機械工業視察のため渡欧 社内事項
明治20年(1887) - 【渋沢栄一】東京製綱会社発起委員(後に取締役会長)。東京人造肥料会社創立委員(後に取締役会長)。京都織物会社創立、相談役。日本煉瓦製造会社創立・発起人(後に取締役会長)。帝国ホテル創立・発起人総代(後に取締役会長)。北海道製麻会社・相談役。〔47歳〕 渋沢関係略年譜
1月22日 東京電灯 鹿鳴館に初めて営業用電灯を点灯 社外事項
11月29日 東京電灯 日本橋付近に白熱電灯10基を点灯(一般配電の最初) 社外事項
12月 s[株式会社芝浦製作所] 海軍の注文品を中心として順調な発展を続け、工場規模も拡大の一途をたどり、職工数683名、工場の蒸気原動機4台・85馬力、わが国第一の民間工場といわれる 社内事項
明治21年(1888) - 【渋沢栄一】札幌麦酒会社創立・発起人総代(後に取締役会長)。品川硝子会社設立、相談役。東京女学館開校・会計監督(後に館長)。〔48歳〕【竜門社】出版条例の改正により『竜門雑誌』1号を改めて発行する。第1回秋季総集会を曖依村荘にて開催する。 渋沢関係略年譜
4月29日 鐘淵紡績会社設立 社外事項
明治22年(1889) - 【渋沢栄一】東京石川島造船所創立・委員(後に取締役会長)。門司築港会社創立・相談役。田川採炭株式会社創立・相談役。三重紡績株式会社相談役。北海道炭礦鉄道会社常議員〔49歳〕 渋沢関係略年譜
1月25日 有限会社石川島造船所設立 社外事項
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