いすゞ自動車(株)『いすゞ自動車史』(1957.04)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
大正6年(1917) - 【渋沢栄一】日米協会創立・名誉副会長。飛鳥山邸(曖依村荘)に晩香廬落成、喜寿の祝いに合資会社清水組より贈られる。〔77歳〕 渋沢関係略年譜
- (春)東京瓦斯電気工業は大森に工場の新設に着手。 社内の主要記事
大正7年(1918) - 【渋沢栄一】渋沢栄一著『徳川慶喜公伝』(竜門社)刊行。〔78歳〕 渋沢関係略年譜
1月 警視庁、3台のインデアン自動自転車を購入し、交通巡査による取締用として用う。 内外の主要記事
3月10日 東京瓦斯電気工業は、本所区業平町の本社を麹町区大手町1丁目1番地に移転す、このころ虎の門に営業所を設く。 社内の主要記事
3月23日 軍用自動車補助法公布。(同年5月1日より実施) 内外の主要記事
4月12日 東京府下世田ケ谷に陸軍自動車隊設置さる。 内外の主要記事
7月15日 シベリヤ出兵決定。 内外の主要記事
11月6日 東京石川島造船所は英国ウーズレー自動車会社製自動車(乗用車2種、貨物自動車1種)の東洋における一手販売権および製造権を買収。 社内の主要記事
11月11日 連合国ドイツとの休戦条約調印、世界大戦終る。休戦による反動として諸物価大暴落。 内外の主要記事
11月 (上旬)青山練兵場において英国製タンクの公開試験。 内外の主要記事
12月 東京石川島造船所はウーズレー自動車会社見学のため石井信太郎、村上義諦、杉山勝馬の3技師ならびに職工3名(小池久五郎、芹沢常吉、加藤清次郎)を派遣(8年9月帰朝)。 社内の主要記事
- 東京瓦斯電気工業は、天皇陛下御下賜の御内ど(帑)金5万円をもって東京市より注文の撒水車、病院自動車、塵埃運搬車を製作。 社内の主要記事
- 東京瓦斯電気工業は「T.G.E」A型貨物自動車を製造し、軍用自動車補助法初の資格試験に合格して、軍用保護自動車に採用さる。(大正8年3月1日) 社内の主要記事
大正8年(1919) - 【渋沢栄一】アメリカ合衆国政府より日米船鉄交換争議の仲裁人を委嘱される。財団法人協調会創立・副会長。〔79歳〕 渋沢関係略年譜
1月11日 内務省令自動車取締規則公布(2月15日施行) 内外の主要記事
3月1日 前年10月11日創設された東京市街自動車株式会社(後の東京乗合自動車株式会社)114両(レパブリツク・クラスデール号)をもつて営業を開始。(約24マイル) 内外の主要記事
7月19日 東京石川島造船所の職工700名、賃金4割増要求ひ(罷)業。7月21日に至り解決、就業。 社内の主要記事
7月 銀座で交通整理はじまる。 内外の主要記事
11月7日 実用自動車製造株式会社(ダツト自動車の前身)ゴーハム式自動車を製作する目的をもつて、大阪に設立さる(社長久保田権四郎氏、資本金100万円) 社内の主要記事
12月16日 東京瓦斯電気工業大森工場落成。 社内の主要記事
- 東京瓦斯電気工業の「T.G.E」 A型貨物自動車、明治神宮造営局に買上げらる。 社内の主要記事
- 岸製作所、汽車製造会社、大阪鉄工所、奥村電機商会、三菱神戸造船所、川崎造船所等の各社はいずれも自動車製造不振に陥り一時中止または放棄す。この間、東京瓦斯電気工業のみ製造を継続。 社内の主要記事
PAGE TOP