高砂熱学工業(株)『高砂熱学工業70年の歩み』(1994.03)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
大正14年(1925) - 【渋沢栄一】製鉄鋼調査会委員。史籍協会評議員。浅草寺臨時営繕局顧問。〔85歳〕【渋沢敬三】横浜正金銀行退職。 渋沢関係略年譜
- 初の国産エロフィンヒータを製作販売 技術
大正15年(1926) - 【渋沢栄一】日本太平洋問題調査会創立・評議員会長。日本放送協会創立・顧問。〔86歳〕【渋沢敬三】澁澤倉庫取締役に就任。第一銀行取締役に就任。東京貯蓄銀行取締役に就任。 渋沢関係略年譜
5月13日 第2回化学工業博覧会で“天気も人工で左右出来る”高砂式温湿度調整装置に対し銀賞牌受賞 技術
6月 大塚要京大教授、ヒートポンプ理論発表 一般
昭和元年(1926) - 【渋沢栄一】日本太平洋問題調査会創立・評議員会長。日本放送協会創立・顧問。〔86歳〕【渋沢敬三】澁澤倉庫取締役に就任。第一銀行取締役に就任。東京貯蓄銀行取締役に就任。 渋沢関係略年譜
12月25日 大正天皇崩御、昭和と改元 一般
昭和2年(1927) - 【渋沢栄一】日本国際児童親善会創立・会長。日米親善人形歓迎会を主催。航空輸送会社設立準備調査委員会会長。〔87歳〕【渋沢敬三】東洋生命取締役に就任。理化学興業監査役に就任。 渋沢関係略年譜
1月 煖房冷蔵協会、衛生工業協会と改称 一般
3月15日 金融恐慌起こる 一般
12月30日 東京地下鉄(上野・浅草間)開通 一般
- 三越演芸場(わが国最初の観客席の完全冷房)、帝国人造絹糸岩国工場(わが国最初の人絹工場の冷凍機による大規模温湿度調整装置でわが国最大の設備)施工 技術
昭和3年(1928) - 【渋沢栄一】日本航空輸送会社創立・創立委員長。日本女子高等商業学校発起人。〔88歳〕【竜門社】青淵先生米寿祝賀会を開催し、斯文会編訳『国訳論語』等を記念品として青淵先生に贈呈する。 渋沢関係略年譜
1月25日 第2回株式払込12万5,000円徴収(払込資本金25万円となる) 経営
2月20日 第1回普通選挙施行 一般
7月15日 日本航空輸送会社、東京・大阪・福岡間定期旅客輸送開始 一般
11月28日 テレビジョン公開実験(高柳健次郎) 一般
昭和4年(1929) - 【渋沢栄一】アメリカン・ソサエティ・オブ・メカニカル・エンジニア名誉会員。中央盲人福祉協会創立・会長。〔89歳〕 渋沢関係略年譜
2月15日 取締役原繁造、専務辞任、監査役曄道文芸、取締役会長に就任 経営
5月 取締役柳町政之助、米国視察(~7月) 経営
10月24日 世界恐慌起こる(ニューヨークで株式暴落) 一般
昭和5年(1930) - 【渋沢栄一】明治神宮外苑聖徳記念絵画館に壁画献納。〔90歳〕 渋沢関係略年譜
1月11日 金輸出解禁 一般
3月9日 本店を東京市麹町区丸ノ内1丁目6番地1東京海上ビル新館8階へ移転 経営
10月1日 国鉄特急「つばめ」、東京・神戸間で運転開始 一般
- 高砂荏原式ターボ冷凍機(国産第1号)完成 技術
昭和6年(1931) - 【渋沢栄一】癩予防協会会頭・理事。永眠。〔91歳〕【渋沢敬三】東京貯蓄銀行会長に就任。 渋沢関係略年譜
9月18日 満州事変起こる 一般
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