(株)山陰合同銀行『山陰合同銀行五十年史』(1992.06)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治4年(1871) - 【渋沢栄一】大蔵省紙幣頭となる。神田小川町裏神保小路(現在の東京都千代田区神田神保町)に転居。『立会略則』刊行。〔31歳〕 渋沢関係略年譜
12月27日 新紙幣11種発行を布告 社会一般
- 融通会社、松江に設置 山陰地方の金融機関
明治5年(1872) - 【渋沢栄一】大蔵少輔事務取扱。抄紙会社設立出願。〔32歳〕 渋沢関係略年譜
2月6日 浜田大地震が起こり、千畳敷出現 山陰一般
2月15日 田畑永代売買解禁 社会一般
7月 融通座閉鎖、勧業社(鳥取・米子・倉吉・境・根雨)設置 山陰地方の金融機関
9月29日 鳥取県新報発刊 山陰一般
10月3日 島根新聞発刊 山陰一般
10月 島田組、鳥取県の御用金銀下タ改掛屋となる 山陰地方の金融機関
11月9日 太陰暦を廃し太陽暦採用の詔書を発布 社会一般
11月15日 国立銀行条例公布 社会一般
11月 小野組、島根県為替方となる 山陰地方の金融機関
明治6年(1873) - 【渋沢栄一】抄紙会社創立(後に王子製紙株式会社取締役会長)。大蔵省を辞める。海運橋兜町(現在の東京都中央区日本橋兜町)に転居。第一国立銀行創立・総監役。〔33歳〕 渋沢関係略年譜
1月10日 徴兵令発布 社会一般
5月 大蔵省、銀行の名称の使用を制限 社会一般
6月11日 第一国立銀行設立(わが国最初の銀行) 社会一般
7月28日 地租改正条例布告(金納制採用) 社会一般
8月30日 島根県、交換済の旧藩札を松江・天満宮境内で焼却 山陰一般
11月 島田組、鳥取県為替方となる 山陰地方の金融機関
明治7年(1874) - 【渋沢栄一】東京府知事より東京会議所共有金取締を嘱託される(後に東京会議所会頭)。〔34歳〕 渋沢関係略年譜
3月28日 秩禄公債証書発行条例公布 社会一般
6月8日 松江雑賀町大火(700余戸焼失) 山陰一般
10月13日 株式取引条例公布 社会一般
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