※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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大正5年(1916) | - | 【渋沢栄一】海外植民学校顧問。日米関係委員会創立・常務委員。第一銀行の頭取等を辞め実業界を引退。理化学研究所創立委員長。喜寿記念として第一銀行が玉川清和園に記念館誠之堂建設。渋沢栄一述『論語と算盤』(東亜堂書房)刊行。〔76歳〕【竜門社】青淵先生の喜寿祝賀会開催し、記念品として林泰輔編『論語年譜』を青淵先生に贈呈する。 | 渋沢関係略年譜 |
4月25日 | 監査役辰馬半右衛門辞任、監査役安田善三郎取締役に、小西新右衛門、野村徳監査役にそれぞれ就任 | 当社 | |
7月3日 | 日露新協約成る | 内外事情 | |
10月9日 | 寺内内閣成立 | 内外事情 | |
12月13日 | 独帝カイゼルの講和提唱の飛電により株式大暴落 | 内外事情 | |
大正6年(1917) | - | 【渋沢栄一】日米協会創立・名誉副会長。飛鳥山邸(曖依村荘)に晩香廬落成、喜寿の祝いに合資会社清水組より贈られる。〔77歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
2月6日 | 米、欧洲大戦に参加 | 内外事情 | |
3月13日 | ロシヤに三月革命 | 内外事情 | |
4月12日 | 兵庫電気軌道(現山陽電鉄)兵庫・明石間全通 | 内外事情 | |
4月30日 | 車輛の連結運転許可申請 | 当社 | |
5月14日 | 野田・尼崎間(伝法線)を千鳥橋・尼崎間に短縮認可(同年一・一〇申請) | 当社 | |
6月18日 | 変電所増設のため三百五十万円増資(資本金一千五十万円となる) | 当社 | |
8月13日 | 鳴尾運動場において大朝主催第三回全国中等学校優勝野球大会開催(以後大正十二年まで毎年) | 当社 | |
9月12日 | 金輸出禁止 | 内外事情 | |
9月 | 暴利取締令公布 | 内外事情 | |
10月2日 | 大暴風雨のため淀川堤防決壊、稗島・大和田間浸水のため運転不能(六日復旧) | 当社 | |
10月10日 | 再び豪雨のため同区間[稗島・大和田間]不通、渡船、桟道をもって連絡(十四日復旧) | 当社 | |
10月28日 | 尼崎・岩屋間増設線敷設特許申請 | 当社 | |
11月8日 | ロシヤに十一月革命 | 内外事情 | |
11月21日 | 専務取締役今西林三郎、専務を辞任(取締役如故)、取締役片岡直輝社長に、取締役三崎省三専務取締役にそれぞれ就任 | 当社 | |
11月 | 尼崎発電所に周波変換機を設置(周波数五〇サイクルを六〇サイクルに変換) | 当社 | |
12月3日 | 大阪事務所を大阪市北区曽根崎新地豊国火災保険会社内に設置 | 当社 |