日本電信電話(株)横浜支店『「横浜の電話」100年の歩みとこれから』(1990.09)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治45年(1912) - 【渋沢栄一】日本鋼管株式会社発起人。日仏銀行相談役。帰一協会創立・幹事。ニューヨーク日本協会協賛会創立・名誉委員長。〔72歳〕 渋沢関係略年譜
6月 日本鋼管が設立される 横浜の主な出来事
1912年 - 【渋沢栄一】日本鋼管株式会社発起人。日仏銀行相談役。帰一協会創立・幹事。ニューヨーク日本協会協賛会創立・名誉委員長。〔72歳〕 渋沢関係略年譜
- TYK式無線電話機発明 日本の電話のあゆみ
大正2年(1913) - 【渋沢栄一】伯剌西爾拓植株式会社創立準備委員。日本結核予防協会創立・副会頭(後に会頭)。中国興業株式会社(後の中日実業)創立、相談役。日本実業協会創立・会長。帝国飛行協会成立、評議員。〔73歳〕 渋沢関係略年譜
6月 横浜港に碇泊中の天洋丸が、横浜倉庫及び万国橋との間に通話試験を実施する 横浜の電話のあゆみ
10月 横浜共進博覧会が開催される 横浜の主な出来事
大正3年(1914) - 【渋沢栄一】東北九州災害救済会創立、副総裁。合資会社国際通信社設立、相談役。日中経済界の提携のため中国訪問。財団法人国産奨励会設立準備委員総代、顧問。〔74歳〕 渋沢関係略年譜
4月 東京三越デパートが、初の国内最大私設電話交換設備を設置 日本の電話のあゆみ
7月 第一次世界大戦が始まる 横浜の主な出来事
大正4年(1915) - 【渋沢栄一】帝国蚕糸株式会社相談役。渋沢同族株式会社設立、社長は敬三。パナマ・太平洋万国博覧会視察のため渡米。ウイルソン大統領と会見。〔75歳〕【渋沢敬三】渋沢同族株式会社設立、同社長就任。 渋沢関係略年譜
8月 二代目横浜駅が高島町に新設され、旧横浜駅は桜木町駅となる 横浜の主な出来事
大正5年(1916) - 【渋沢栄一】海外植民学校顧問。日米関係委員会創立・常務委員。第一銀行の頭取等を辞め実業界を引退。理化学研究所創立委員長。喜寿記念として第一銀行が玉川清和園に記念館誠之堂建設。渋沢栄一述『論語と算盤』(東亜堂書房)刊行。〔76歳〕【竜門社】青淵先生の喜寿祝賀会開催し、記念品として林泰輔編『論語年譜』を青淵先生に贈呈する。 渋沢関係略年譜
4月 横浜造船所(後の浅野造船所)が設立される 横浜の主な出来事
大正6年(1917) - 【渋沢栄一】日米協会創立・名誉副会長。飛鳥山邸(曖依村荘)に晩香廬落成、喜寿の祝いに合資会社清水組より贈られる。〔77歳〕 渋沢関係略年譜
3月 新港埠頭が竣工する 横浜の主な出来事
4月 電話による火災報知制度新設 日本の電話のあゆみ
7月 開港記念横浜会館(後の開港記念会館)が竣工する 横浜の主な出来事
大正7年(1918) - 【渋沢栄一】渋沢栄一著『徳川慶喜公伝』(竜門社)刊行。〔78歳〕 渋沢関係略年譜
7月 横浜中央電話局発足、横浜中央電話局長者町分局開局 横浜の電話のあゆみ
8月 米騒動。横浜市内に外米廉売所が設けられる 横浜の主な出来事
9月 鶴見郵便局管内で電話通話業務開始 横浜の電話のあゆみ
大正8年(1919) - 【渋沢栄一】アメリカ合衆国政府より日米船鉄交換争議の仲裁人を委嘱される。財団法人協調会創立・副会長。〔79歳〕 渋沢関係略年譜
12月 東京に初の消防用電話設置 日本の電話のあゆみ
大正9年(1920) - 【渋沢栄一】社団法人国際聯盟協会創立・会長。日華実業協会創立、会長。子爵を授けられる。〔80歳〕【竜門社】青淵先生八十寿及び子爵へ陞爵の祝賀会を開催し、記念として青淵文庫を青淵先生に贈呈する。 渋沢関係略年譜
4月 東京・横浜他5大都市で電話料金の度数料金制施行 日本の電話のあゆみ
4月 電話料金の度数料金制施行 横浜の電話のあゆみ
5月 戦後恐慌で七十四銀行が休業する 横浜の主な出来事
大正10年(1921) - 【渋沢栄一】ワシントン軍縮会議実況視察のため渡米。ハーディング大統領と会見。〔81歳〕【渋沢敬三】東京帝大経済学部卒業。横浜正金銀行へ入行。 渋沢関係略年譜
4月 横浜電鉄が買収され、市電となる 横浜の主な出来事
大正11年(1922) - 【渋沢栄一】小畑久五郎翻訳、栄一序文『アンドルー・カーネギー自伝』冨山房より刊行。日仏協会会頭。アルメニア難民救済委員会委員長。〔82歳〕【渋沢敬三】横浜正金銀行ロンドン支店転任。 渋沢関係略年譜
2月 普選断行横浜市民大会が開かれる 横浜の主な出来事
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