東京瓦斯(株)『東京瓦斯七十年史 : 1885-1955』(1956.03)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治29年(1896) - 【渋沢栄一】日本精糖株式会社創立・取締役。東京興信所創立、評議員。東京銀行集会所会長。東京印刷株式会社設立・相談役。東洋汽船株式会社創業、監査役。東京建物株式会社創立発起人。第一国立銀行が営業満期により株式会社第一銀行となる。引続き頭取。汽車製造合資会社設立・創立委員(後に監査役)。北越石油株式会社創業・相談役。日本勧業銀行設立委員。〔56歳〕【渋沢敬三】父・渋沢篤二、母・敦子の長男として都内深川に生まる。 渋沢関係略年譜
11月22日 本社を神田区錦町三丁目に、第一製造所を芝区浜崎町に、第二製造所を北豊島郡地方橋場町字元宿に、また第三製造所を深川区猿江町に設置の件決議 本表(明治18年10月―昭和30年8月)
明治30年(1897) - 【渋沢栄一】澁澤倉庫部開業、営業主(後に澁澤倉庫株式会社発起人)。日本女子大学校創立委員会計監督(後に校長)。十勝開墾合資会社業務担当社員。広島水力電気株式会社創立、取締役会長。渋沢家洲崎養魚場開設。 〔57歳〕 渋沢関係略年譜
2月 深川区猿江町に工場設置許可さる 本表(明治18年10月―昭和30年8月)
6月13日 日清戦役の反動にて恐慌起る、銀行会社の破綻続出 本表(明治18年10月―昭和30年8月)
9月18日 神田区錦町三丁目二三番地に社屋落成、本社を芝区浜崎町三番地より移転 本表(明治18年10月―昭和30年8月)
9月 定款改正、専務取締役設置 本表(明治18年10月―昭和30年8月)
9月 芝区浜崎町工場を第一製造所、橋場支所を第二製造所と改正 本表(明治18年10月―昭和30年8月)
明治31年(1898) - 【渋沢栄一】浅野セメント合資会社監査役。韓国視察、韓国皇帝に謁見。王子製紙株式会社取締役会長を辞す(後に相談役)。〔58歳〕 渋沢関係略年譜
1月 資本金三五万円増加、総額一四〇万円に変更の件決議 本表(明治18年10月―昭和30年8月)
9月16日 東京市ガス管税賦課を決定、「市内延長ガス管一鎖に付年税金八〇銭」 本表(明治18年10月―昭和30年8月)
10月 職制改正、総務課工務課商務課会計課経理課の五課および第一(金杉)第二(橋場),第三(深川)の各製造所を置く 本表(明治18年10月―昭和30年8月)
11月1日 ガス料金二円四〇銭(旧二円、二割値上げ)に改正実施 本表(明治18年10月―昭和30年8月)
11月1日 第三製造所(深川)の建設工事竣功 本表(明治18年10月―昭和30年8月)
明治32年(1899) - 【渋沢栄一】衆議院議員選挙法改正規制同盟会会長。福田会名誉顧問。大蔵省より株式会社北海道拓殖銀行設立委員に任命。京仁鉄道合資会社設立、取締役社長。銀行倶楽部委員。飛鳥山邸(曖依村荘)に茶室・無心庵竣工。 〔59歳〕 渋沢関係略年譜
3月 資本金七〇万円増加、総額二一〇万円に変更の件決議 本表(明治18年10月―昭和30年8月)
3月 ガス熱用に漸次使用さる 本表(明治18年10月―昭和30年8月)
7月 定款改正、常務取締役設置 本表(明治18年10月―昭和30年8月)
明治33年(1900) - 【渋沢栄一】京釜鉄道株式会社創立委員長。日本興業銀行設立委員(後に監査役)。男爵を授けられる。黒須銀行相談役。〔60歳〕【竜門社】青淵先生の還暦祝賀として『青淵先生六十年史 一名近世実業発達史』を刊行、青淵先生に贈呈する。 渋沢関係略年譜
7月 資本金を倍加、四二〇万円に変更の件決議 本表(明治18年10月―昭和30年8月)
10月 東京市新に特別税設定 本表(明治18年10月―昭和30年8月)
11月15日 創立十五周年祝賀式挙行 本表(明治18年10月―昭和30年8月)
明治34年(1901) - 【渋沢栄一】大阪瓦斯会社監査役。東京・飛鳥山邸を本邸とする。京釜鉄道株式会社取締役、後に取締役会長。茨城採炭株式会社創立、相談役。〔61歳〕 渋沢関係略年譜
1月 神戸瓦斯株式会社開業 本表(明治18年10月―昭和30年8月)
6月18日 水性ガス製造認可さる 本表(明治18年10月―昭和30年8月)
6月 副生物精製所を深川区本村町第三製造所(深川)内に設置しコールタール蒸留および硫酸アンモニア製造開始、日本におけるタール蒸留の創始 本表(明治18年10月―昭和30年8月)
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