倉敷紡績(株)『回顧六十五年』(1953.09)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治27年(1894) - 【渋沢栄一】東京瓦斯株式会社取締役会長。東京海上保険株式会社取締役。北越鉄道株式会社創立発起人。札幌麦酒株式会社取締役会長。 渋沢関係略年譜
7月10日 第三次増設を決定す、四八一六錘、増資決定三三七、五〇〇円(本文頁 七八)
7月29日 日清戦争起る、八、一、対清宣戦布告さる(本文頁 八二)
8月23日 工務長山口武退社す(本文頁 八〇)
明治28年(1895) - 【渋沢栄一】東京統計協会終身会員。北越鉄道株式会社創業総会・監査役(後に相談役)。〔55歳〕 渋沢関係略年譜
3月30日 日清戦争休戦となる(本文頁 八二)
6月 寄宿舎を急設することに決定す(本文頁 八〇)
7月10日 第四次増設決定、六五三六錘(本文頁 八三)
7月10日 第一回社債十七万円募集決定す(本文頁 八三)
- (年末)第三次増設工事大半完成す(本文頁 八〇)
- (此年)三馬商標決定す(本文頁 八七)
明治29年(1896) - 【渋沢栄一】日本精糖株式会社創立・取締役。東京興信所創立、評議員。東京銀行集会所会長。東京印刷株式会社設立・相談役。東洋汽船株式会社創業、監査役。東京建物株式会社創立発起人。第一国立銀行が営業満期により株式会社第一銀行となる。引続き頭取。汽車製造合資会社設立・創立委員(後に監査役)。北越石油株式会社創業・相談役。日本勧業銀行設立委員。〔56歳〕【渋沢敬三】父・渋沢篤二、母・敦子の長男として都内深川に生まる。 渋沢関係略年譜
6月20日 讃岐紡績株式会社設立、資本金参拾万円(本文頁 二〇〇)
12月 倉敷工場、寄宿舎社宅設備完成す(本文頁 八一)
明治30年(1897) - 【渋沢栄一】澁澤倉庫部開業、営業主(後に澁澤倉庫株式会社発起人)。日本女子大学校創立委員会計監督(後に校長)。十勝開墾合資会社業務担当社員。広島水力電気株式会社創立、取締役会長。渋沢家洲崎養魚場開設。 〔57歳〕 渋沢関係略年譜
3月 倉敷工場第二工場増設完成、二二、〇一六錘となる(本文頁 八四)
3月 第二回産業恐慌起る、金本位制公布さる(本文頁 八九)
6月15日 初めて火災保険を契約す(本文頁 八五)
11月 讃岐紡績株式会社開業す(本文頁 二〇〇)
明治31年(1898) - 【渋沢栄一】浅野セメント合資会社監査役。韓国視察、韓国皇帝に謁見。王子製紙株式会社取締役会長を辞す(後に相談役)。〔58歳〕 渋沢関係略年譜
2月 味野紡績との間に職工争奪問題起る(本文頁 八八)
明治32年(1899) - 【渋沢栄一】衆議院議員選挙法改正規制同盟会会長。福田会名誉顧問。大蔵省より株式会社北海道拓殖銀行設立委員に任命。京仁鉄道合資会社設立、取締役社長。銀行倶楽部委員。飛鳥山邸(曖依村荘)に茶室・無心庵竣工。 〔59歳〕 渋沢関係略年譜
- (下期)紡績大合同運動起る(本文頁 八九)
明治33年(1900) - 【渋沢栄一】京釜鉄道株式会社創立委員長。日本興業銀行設立委員(後に監査役)。男爵を授けられる。黒須銀行相談役。〔60歳〕【竜門社】青淵先生の還暦祝賀として『青淵先生六十年史 一名近世実業発達史』を刊行、青淵先生に贈呈する。 渋沢関係略年譜
5月 北清事変起る、以後紡績界不況となる(本文頁 八九)
明治34年(1901) - 【渋沢栄一】大阪瓦斯会社監査役。東京・飛鳥山邸を本邸とする。京釜鉄道株式会社取締役、後に取締役会長。茨城採炭株式会社創立、相談役。〔61歳〕 渋沢関係略年譜
1月 大原孫三郎入社して経営改善に従事す(本文頁 九七)
6月 大原孫三郎職工教育に着手す(本文頁 九八)
PAGE TOP