東洋レーヨン(株)『東洋レーヨン35年の歩み : 1926-1961』(1962.04)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
昭和2年(1927) - 【渋沢栄一】日本国際児童親善会創立・会長。日米親善人形歓迎会を主催。航空輸送会社設立準備調査委員会会長。〔87歳〕【渋沢敬三】東洋生命取締役に就任。理化学興業監査役に就任。 渋沢関係略年譜
8月16日 レーヨン糸の初紡糸を行なう。
11月 (初旬)三井物産を総代理店としてレーヨン糸の販売を開始する。
12月15日 麗友会(社友会の前身)結成される。
昭和3年(1928) - 【渋沢栄一】日本航空輸送会社創立・創立委員長。日本女子高等商業学校発起人。〔88歳〕【竜門社】青淵先生米寿祝賀会を開催し、斯文会編訳『国訳論語』等を記念品として青淵先生に贈呈する。 渋沢関係略年譜
3月7日 営業部を設置する。
昭和4年(1929) - 【渋沢栄一】アメリカン・ソサエティ・オブ・メカニカル・エンジニア名誉会員。中央盲人福祉協会創立・会長。〔89歳〕 渋沢関係略年譜
6月 第1工場第1期拡張工事を完成し、レーヨン糸設備日産15.7トンとなる。
8月24日 私立晴嵐女学校を設置する。
10月8日 自家発電設備(2千Kw)を完成し、運転を開始する。
12月12日 ソーダ回収工場を完成し、操業を開始する。
昭和5年(1930) - 【渋沢栄一】明治神宮外苑聖徳記念絵画館に壁画献納。〔90歳〕 渋沢関係略年譜
2月4日 第8回定時株主総会において定款の一部を改正する。(株主総会を1月および7月、決算期を5月末および11月末に変更)
9月8日 報徳会を結成する。
9月26日 酸回収工場を完成し、操業を開始する。
昭和6年(1931) - 【渋沢栄一】癩予防協会会頭・理事。永眠。〔91歳〕【渋沢敬三】東京貯蓄銀行会長に就任。 渋沢関係略年譜
10月23日 スターレー技師長、アーダン製糸課長を依願解傭し、これをもって外人技術者は全員解傭となる。
12月28日 油入中空レーヨン糸の生産を開始する。
昭和7年(1932) - 【竜門社】第一次青淵先生伝記資料編纂事業を開始する。【渋沢敬三】第一銀行常務取締役就任。 渋沢関係略年譜
2月17日 第1工場第2期拡張工事を完成し、レーヨン糸設備日産23.2トンとなる。
3月23日 私立東洋工業学校を設置する。
7月11日 第13回定時株主総会において昭和7年上期に初配当(年6分)を決議する。
昭和8年(1933) - 【竜門社】青淵先生の遺言により渋沢家から曖依村荘を受贈する。財団法人渋沢青淵翁記念会が東京・常盤橋公園に青淵先生の銅像を建てる。 渋沢関係略年譜
1月10日 第14回定時株主総会において定款の一部を改正する。(取締役8名以内に増員)
7月10日 第15回定時株主総会において資本金3千万円、株数60万株に増加し、株式の公開を決議する。
7月10日 同[第15回定時]株主総会において定款を改正する。(取締役10名以内に増員、総会の決議により代表取締役3名以内を選任、取締役の互選により取締役会長、専務取締役各1名および常務取締役若干名を置き、互選により常任監査役を置くことができる、株主総会を6月および12月に変更)
7月10日 同[第15回定時]株主総会において専務取締役 辛島浅彦、常務取締役井上治一、若林卯三郎 代表取締役に選任される。
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