日本毛織(株)『日本毛織三十年史』(1931.01)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治29年(1896) - 【渋沢栄一】日本精糖会社創立・取締役。東京興信所創立、評議員。東京銀行集会所会長。東京印刷株式会社設立・相談役。東洋汽船株式会社創業、監査役。東京建物株式会社創立発起人。第一国立銀行が営業満期により第一銀行となる。引続き頭取。汽車製造合資会社設立・創立委員(後に監査役)。北越石油株式会社創業・相談役。日本勧業銀行設立委員。〔56歳〕【渋沢敬三】父・渋沢篤二、母・敦子の長男として都内深川に生まる。 渋沢関係略年譜
5月 川西音松(現清兵衛氏)有馬市太郎氏等二十七名日本毛織会社創立の第一回発起人会を開き川西音松氏を創立委員長に推す。
6月 農商務大臣より会社発起の認可を受け其創立事務所を神戸市兵庫宮内町十番邸に設置す。//株式総数一万株の内七千百株を発起人に於て引受け予約株千六百六十株を控除し残り千二百四十株を公募したるに応募数五百二十余株の超過を見たり。
10月 会社創立総会を神戸市宇治川常盤に開き定款の作成取締役及監査役の選挙を行ふ。//川西清兵衛氏専務取締役社長に就任。
12月 農商務大臣より会社設立の認可を受く。
12月 工場敷地を明石市に選定す。
明治30年(1897) - 【渋沢栄一】澁澤倉庫部開業(後に澁澤倉庫会社・発起人)。十勝開墾合資会社業務担当社員。広島水力電気株式会社創立、取締役会長。渋沢家洲崎養魚場開設 〔57歳〕 渋沢関係略年譜
1月 既に工事中の明石工場は隣接の明石城跡宮内省御用邸候補地となり支障あるため他に移転することとなる。
2月 加古川町字天戸蔵屋敷を工場敷地として買収す。
3月 王子製絨所技師小菅久徳氏を技師長として招聘す。
3月 東京石川島造船所其他に機械の註文をなす。
3月 大阪毛糸紡績会社に職工練習生を派遣す。
明治31年(1898) - 【渋沢栄一】浅野セメント合資会社監査役。韓国視察、韓国皇帝に謁見。王子製紙株式会社取締役会長を辞す(後に相談役)〔58歳〕 渋沢関係略年譜
2月 加古川工場起工式を挙行す。
6月 明石工場移転の賠償金として宮内省より金五万円を下賜せらる。
7月 東京モスリン紡織会社工場竣成操業を開始す。
7月 栗原紡織会社設立せらる。
10月 大阪毛斯綸会社工場完成操業を開始す。
12月 当社購入機械全部到着す。
明治32年(1899) - 【渋沢栄一】衆議院議員選挙法改正規制同盟会会長。福田会名誉顧問。大蔵省より北海道拓殖銀行設立委員に任命。京仁鉄道合資会社設立、取締役社長。銀行倶楽部委員 〔59歳〕 渋沢関係略年譜
1月 国定関税率の実施に伴ひ毛織物は従価二割五分を標準とする関税となる
5月 加古川工場一部の機械の据付をわり操業を開始。
6月 始めて毛布を製出す。
11月 陸海軍官省に初めて毛布を納入す。
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