王子製紙(株)苫小牧工場『五十年の歩み : 1910-1960』(1960.12)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
昭和25年(1950) - 【渋沢敬三】ユニバーサル広告社社員(~1951年)。 渋沢関係略年譜
12月 六号抄紙機改修(一・二番サクションプレス設置、ドライヤー四本増加、計三八本、抄速三〇〇米/分)アッシュブロック社宅始めて一〇〇戸完成、爾後漸次拡充。 工場
昭和26年(1951) - 【竜門社】文部省史料館に日本実業史博物館準備室資料を寄託する。機関誌『青淵』を渋沢青淵記念財団竜門社から発刊する。【渋沢敬三】追放解除。 渋沢関係略年譜
2月 三・四号抄紙機にサクションプレス設置(二番は二七年一一月四号機、二八年二月三号機に設置) 火力六号汽缶(五一T/H)設置。 工場
2月 糸へん景気。 一般
3月 総天然色映画製作。 一般
5月 江田工場長米国へ出張(九月帰朝) 山線軌道廃止、バス及びトラックに変る。五号抄紙機にサクションプレス設置(二番は二七年一一月)価格統制廃止され、新聞用紙听二九円に上伸。(二五年一一月○公一九円三五銭) 工場
7月 抄取小型デッカーを大型に改造。 工場
8月 七・八及び旧九号抄紙機にサクションクーチ設置、続いてサクションプレス設置。(~11月) 工場
9月 新聞用紙、听三五円四〇銭となり、砂糖、セメントと共に三白景気招来。 工場
9月 対日講和、安保条約調印。 一般
10月 スーパーカレンダー設置。 工場
10月 民間航空復活。 一般
12月 「ぱぴるす」発刊。二号抄紙機に二番サクションプレス設置(二九年一月ドライヤー四本増加、三番プレス取外し) 工場
昭和27年(1952) - 【渋沢敬三】貯蓄増強中央委員会会長に就任。 渋沢関係略年譜
3月 十勝沖地震。苫更、北斗、北斗グラビア値下げ、紙価落勢に入る。 工場
4月 一〇号フォイト大型マガジングラインダー(三六〇〇HP)増設。(二九年三月九号三、六〇〇HP、三一年九月一一号三、八〇〇HP、三二年七月一二号三、八〇〇HP、三三年五月一三号三、八〇〇HP) 工場
6月 王子製紙工業株式会社と社名変更。春日井工場一号抄紙機(一一八吋長網ヤンキー運転開始、二号機(一四二吋)二七年九月、三号機(一四五吋)三〇年六月、四号機(一四五吋) 三二年四月、五号機(一四五吋)三三年五月。 工場
7月 八号抄紙機にて教科書用紙抄造。新聞用紙听三二円となる。一〇月更に三〇円に値下げ。 工場
昭和28年(1953) - 【竜門社】懸賞論文の募集を開始する。 渋沢関係略年譜
2月 第一汽缶にコンバーター新設。 工場
2月 テレビ本放送開始。 一般
6月 SP晒設備完成、六万听/日(二七トン)火力三号抽復水タービン完成(最大七、〇〇〇KW) 工場
7月 GPコーワンスクリーン一台新設(爾後三二年九月にわたり全部置換) 工場
PAGE TOP