※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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昭和19年(1944) | - | 【竜門社】機関誌『竜門雑誌』669号を発行、以後休刊する。岩波書店より『渋沢栄一伝記資料』第1巻が刊行される。【渋沢敬三】結城日銀総裁辞任につき、日銀総裁に就任。総裁時代一度も東京を離れず。 | 渋沢関係略年譜 |
8月 | 製鋼工場に5トン電気炉1基を増設 | 日本金属の歩み | |
8月 | 大都市の学童疎開はじまる | 業界・一般の動き | |
8月 | 女子挺身隊出動 | 業界・一般の動き | |
9月 | 賀陽宮恒憲王殿下、日本航空機工業(株)松戸製作所を視察される | 日本金属の歩み | |
10月 | 豊島区に雑司谷勤労所を開設、男女50余名の自治的経営により、航空機の主翼関係木工部品製作をはじめる | 日本金属の歩み | |
10月 | 神風特攻隊初出撃 | 業界・一般の動き | |
11月 | B29東京初空襲 | 業界・一般の動き | |
昭和20年(1945) | - | 【竜門社】曖依村荘を政府に寄贈する。空襲により曖依村荘内の建物の多くを焼失する。【渋沢敬三】幣原喜重郎より組閣本部に招かる。新木、山際正道と相談、大蔵大臣受諾。親任。 | 渋沢関係略年譜 |
4月 | 沖縄に米軍上陸 | 業界・一般の動き | |
5月 | ドイツ、無条件降伏 | 業界・一般の動き | |
6月 | 日本特殊金属製錬所を吸収して、赤羽工場とする群馬県渋川町に疎開工場建設 | 日本金属の歩み | |
8月 | 広島、長崎に原爆投下 | 業界・一般の動き | |
8月 | ポツダム宣言受諾 | 業界・一般の動き | |
8月 | 戦争終結の詔勅下る | 業界・一般の動き | |
9月 | 日本特殊鋼材工業(株)の社名を「日本金属産業株式会社」と改め、民需向け磨帯鋼生産に切換え、稼動再開 | 日本金属の歩み | |
9月 | 同時に日本航空機工業(株)も「第二日本金属産業(株)」と改め、足立工場を中心に自転車の組立作業を開始 | 日本金属の歩み | |
9月 | 米政府「降伏後初期の対日方針」発表 | 業界・一般の動き | |
11月 | 日本製鉄(株)、従業員2万7千人を大解雇 | 業界・一般の動き | |
12月 | 労働組合法公布 | 業界・一般の動き | |
昭和21年(1946) | - | 【竜門社】財団法人竜門社、財団法人渋沢青淵翁記念会が合同して渋沢青淵記念財団竜門社となる。【渋沢敬三】公職を追放さる。本邸は大蔵省に官邸として貸与、のち財産税にて敷地とともに物納。 | 渋沢関係略年譜 |
1月 | 足立工場、賠償工場に指定 | 日本金属の歩み | |
2月 | 従業員組合結成される | 日本金属の歩み |