日本鋼管(株)『日本鋼管株式会社四十年史』(1952.11)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
大正7年(1918) - 【渋沢栄一】渋沢栄一著『徳川慶喜公伝』(竜門社)刊行。〔78歳〕 渋沢関係略年譜
12月 厚鈑工場操業開始 わが社の沿革
- スポンヂ製鉄用原料自給の目的で原料鉱山(奈良県大峯鉱山)を経営、外に上岡(福島県)、福知山(京都府)鉱山を経営。 わが社の沿革
- 内地銑鉄生産高五十八万瓲。鋼材五十四万瓲。 内外鉄鋼業界
- 年末現在の主要鉄鋼会社(年産五千瓲以上の民間会社数)四十二社に上る。 内外鉄鋼業界
- 戦後反動恐慌はじまる。 内外主要事項
大正8年(1919) - 【渋沢栄一】アメリカ合衆国政府より日米船鉄交換争議の仲裁人を委嘱される。財団法人協調会創立・副会長。〔79歳〕 渋沢関係略年譜
1月 戦後反動恐慌により拡張工事一時中止。 わが社の沿革
1月 パリ平和会議。 内外主要事項
7月 臨時財政経済調査会設置。 内外主要事項
8月 薄鈑工場操業開始。 わが社の沿革
11月 電気製鉄株式会社合併。 わが社の沿革
11月 資本金二千一百万円に増資。 わが社の沿革
12月 浅野造船所船渠建設に着手。 わが社の沿革
- 鞍山第一号高炉火入。 内外鉄鋼業界
- 戸畑第一号高炉火入(東洋製鉄操業開始)。 内外鉄鋼業界
- ドイツ、鉄鋼連盟成立。 内外鉄鋼業界
- アメリカ、戦後ブーム起る、USスチール会社に大争議起る。 内外鉄鋼業界
大正9年(1920) - 【渋沢栄一】社団法人国際聯盟協会創立・会長。日華実業協会創立、会長。子爵を授けられる。〔80歳〕【竜門社】青淵先生八十寿及び子爵へ陞爵の祝賀会を開催し、記念として青淵文庫を青淵先生に贈呈する。 渋沢関係略年譜
3月 浅野造船所、浅野製鉄所を合併。 わが社の沿革
4月 日銀財界救済金千二百万円と決定。 内外主要事項
4月 金融恐慌突発―一般経済恐慌に発展。 内外主要事項
8月 製鈑、製銑、スポンヂ鉄工場および諸鉱山の操業中止。 わが社の沿革
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