※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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慶応4年(1868) | - | 【渋沢栄一】明治維新によりフランスより帰国、駿河国駿府(現在の静岡県静岡市)で慶喜に面会。〔28歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
4月 | 江戸城を収む | 創業前史・大倉喜八郎事歴 参考事項 | |
5月14日 | 上野山内彰義隊本営に喚問され、銃砲を渡せと迫られたが、事実を申し開き、危地を脱す | 創業前史・大倉喜八郎事歴 主要事項 | |
5月 | 彰義隊を上野に討伐 | 創業前史・大倉喜八郎事歴 参考事項 | |
7月14日 | 江戸を東京と改称 | 創業前史・大倉喜八郎事歴 参考事項 | |
- | 有栖川宮御用達となり、奥羽征討軍の輜重にあたる | 創業前史・大倉喜八郎事歴 主要事項 | |
- | この年の秋、大倉屋銃砲店を日本橋十軒店に移し事業を拡張 | 創業前史・大倉喜八郎事歴 主要事項 | |
明治元年(1868) | - | 【渋沢栄一】明治維新によりフランスより帰国、駿河国駿府(現在の静岡県静岡市)で慶喜に面会。〔28歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
9月 | 会津藩降伏し、東北地方平定 | 創業前史・大倉喜八郎事歴 参考事項 | |
11月19日 | 築地居留地を開く | 創業前史・大倉喜八郎事歴 参考事項 | |
明治2年(1869) | - | 【渋沢栄一】駿府藩(後に静岡藩)に「商法会所」設立。上京。明治政府に仕え、民部省租税正となる。民部省改正掛掛長を兼ねる。湯島天神中坂下(現在の東京都文京区湯島)に居を構える。〔29歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
2月 | 津軽藩の急請に応じ、危険を冒し銃器を航送 | 創業前史・大倉喜八郎事歴 主要事項 | |
3月28日 | 東京遷都 | 創業前史・大倉喜八郎事歴 参考事項 | |
5月 | 榎本武揚ら五稜郭にて降伏、維新戦争終る | 創業前史・大倉喜八郎事歴 参考事項 | |
6月 | 諸藩版籍奉還、藩主を知事となす | 創業前史・大倉喜八郎事歴 参考事項 | |
7月 | 東京・横浜間電信開通 | 創業前史・大倉喜八郎事歴 参考事項 | |
明治3年(1870) | - | 【渋沢栄一】大蔵少丞となる。官営富岡製糸場設置に向けて、事務主任となる。〔30歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
3月 | 集議院を開く | 創業前史・大倉喜八郎事歴 参考事項 | |
10月 | 工部省設置 | 創業前史・大倉喜八郎事歴 参考事項 | |
明治4年(1871) | - | 【渋沢栄一】大蔵省紙幣頭となる。神田小川町裏神保小路(現在の東京都千代田区神田神保町)に転居。『立会略則』刊行。〔31歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
3月 | 工部省直営新橋駅工事に参加 | 創業前史・大倉喜八郎事歴 主要事項 | |
7月14日 | 廃藩置県 | 創業前史・大倉喜八郎事歴 参考事項 | |
10月12日 | 特命全権大使岩倉具視ら一行欧米へ出発 | 創業前史・大倉喜八郎事歴 参考事項 | |
明治5年(1872) | - | 【渋沢栄一】大蔵少輔事務取扱。抄紙会社設立出願。〔32歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
2月26日 | 銀座大火 | 創業前史・大倉喜八郎事歴 参考事項 | |
2月 | 兵部省を廃し、陸・海二省設置 | 創業前史・大倉喜八郎事歴 参考事項 |