※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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明治4年(1871) | - | 【渋沢栄一】大蔵省紙幣頭となる。神田小川町裏神保小路(現在の東京都千代田区神田神保町)に転居。『立会略則』刊行。〔31歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
9月 | 大阪為換座、高麗橋三丁目から一丁目へ移転 | ||
10月15日 | 為換座三井組、六八〇万円に及ぶ大蔵省兌換証券発行を開始 | ||
10月 | 東京大元方設立 | ||
11月28日 | 海運橋三井組ハウスの上棟式を挙行 | ||
11月 | 三井組、開拓使との間に開拓使兌換証券発行の約定を締結 | ||
11月 | 横浜売込店開設(店名前三越得右衛門) | ||
明治5年(1872) | - | 【渋沢栄一】大蔵少輔事務取扱。抄紙会社設立出願。〔32歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
1月11日 | 海運橋兜町為換座・御用所内に東京大元方役場を開設 | ||
1月25日 | 井上馨、三井家首脳部を私邸に招き、呉服業の三井家からの分離を勧告 | ||
2月18日 | 三井弁蔵ら同族子弟五人、銀行業習学のためアメリカ留学に出発 | ||
2月 | 西京呉服店を糸店に合併、上之店・裂店を廃止 | ||
3月 | 呉服業を表面上三井家から切り離し、三越家名義の経営とする | ||
5月15日 | 大蔵省、府県為替方の設置を通達 | ||
5月21日 | 井上馨、三井・小野両組首脳に銀行設立への協力を要請 | ||
6月18日 | 三井・小野両組、銀行創立願書を提出 | ||
6月 | 海運橋三井組ハウス竣工(七月二六日開座式) | ||
8月5日 | 大蔵省、為替方三家に為替方の廃止を通達、同日三井・小野組合銀行に為替御用を命じる | ||
9月21日 | 海運橋三井組ハウスを第一国立銀行(創立準備中)に譲渡 | ||
11月15日 | 国立銀行条例公布 | ||
11月29日 | 東京両替店を東京御用所に合併 | ||
明治6年(1873) | - | 【渋沢栄一】抄紙会社創立(後に王子製紙株式会社取締役会長)。大蔵省を辞める。海運橋兜町(現在の東京都中央区日本橋兜町)に転居。第一国立銀行創立・総監役。〔33歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
1月1日 | 三野村利左衛門、報効義会を創設 |