安田保善社『安田保善社とその関係事業史』(1974.06)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
昭和20年(1945) - 【竜門社】曖依村荘を政府に寄贈する。空襲により曖依村荘内の建物の多くを焼失する。【渋沢敬三】幣原喜重郎より組閣本部に招かる。新木、山際正道と相談、大蔵大臣受諾。親任。 渋沢関係略年譜
7月4日 「非常対策委員会」を設置す 合名会社安田保善社時代//安田家および保善社事項
7月26日 「安田保善社国民義勇隊」を結成す 合名会社安田保善社時代//安田家および保善社事項
7月26日 米・英・華三国は「ポツダム宣言」を発表す 合名会社安田保善社時代//一般事項
7月 中小都市への空襲激化す 合名会社安田保善社時代//一般事項
8月6日 広島に原子爆弾投下さる(九日長崎にも投下) 合名会社安田保善社時代//一般事項
8月8日 ソ連対日宣戦を布告す 合名会社安田保善社時代//一般事項
8月14日 わが国は「ポツダム宣言」の正式受諾を連合国へ回答す 合名会社安田保善社時代//一般事項
8月15日 天皇、戦争終結を放送、太平洋戦争終る、鈴木内閣総辞職、一七日東久邇内閣成立 合名会社安田保善社時代//一般事項
8月30日 連合軍最高司令官マッカーサー元帥厚木に進駐す 合名会社安田保善社時代//一般事項
9月2日 米艦ミズーリ号上において降伏文書に調印 合名会社安田保善社時代//一般事項
9月9日 マッカーサー最高司令官は日本管理方針を声明す 合名会社安田保善社時代//一般事項
9月22日 米国政府は「降伏後における米国の初期の対日方針」を発表す 合名会社安田保善社時代//一般事項
9月 八社会を解散す 合名会社安田保善社時代//安田家および保善社事項
9月 安田同人会を解散す 合名会社安田保善社時代//安田家および保善社事項
10月1日 解散に対処し「特別委員会」を設置す 合名会社安田保善社時代//安田家および保善社事項
10月4日 総司令部は「政治的、民事的、宗教的自由に対する制限撤廃の覚書を発出す 合名会社安田保善社時代//一般事項
10月5日 東久邇内閣は右の「覚書」は実行できずとして総辞職、九日幣原《シデハラ》内閣成立す 合名会社安田保善社時代//一般事項
10月6日 「特別委員会」は解散に関する意見書を総長に答申す 合名会社安田保善社時代//安田家および保善社事項
10月11日 理事会は財閥解体に関し自由討議を行なう 合名会社安田保善社時代//安田家および保善社事項
10月11日 総司令部は「人権確保の五大改革」を指令す 合名会社安田保善社時代//一般事項
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