安田保善社『安田保善社とその関係事業史』(1974.06)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
昭和19年(1944) - 【竜門社】機関誌『竜門雑誌』669号を発行、以後休刊する。岩波書店より『渋沢栄一伝記資料』第1巻が刊行される。【渋沢敬三】結城日銀総裁辞任につき、日銀総裁に就任。総裁時代一度も東京を離れず。 渋沢関係略年譜
12月7日 「女子挺身隊」を結成す 合名会社安田保善社時代//安田家および保善社事項
12月12日 帝国ピストンリング(株)を安田関係会社に編入す 合名会社安田保善社時代//安田家および保善社事項
- この年、「安田本社案」の構想ありしも現実に至らず 合名会社安田保善社時代//安田家および保善社事項
- この年、安田興業(製釘)、帝国繊維(紡織)、日本紙業(製紙)の各社は軍の要請に応じ占領地域に要員を派遣協力す 合名会社安田保善社時代//安田家および保善社事項
昭和20年(1945) - 【竜門社】曖依村荘を政府に寄贈する。空襲により曖依村荘内の建物の多くを焼失する。【渋沢敬三】幣原喜重郎より組閣本部に招かる。新木、山際正道と相談、大蔵大臣受諾。親任。 渋沢関係略年譜
1月16日 秘書役金原裕之助は日本紙業(株)社長に転出、後任に斎藤利忠(安田銀行銀座支店長)任命さる 合名会社安田保善社時代//安田家および保善社事項
2月11日 米・英・ソ三国は「ヤルタ協定」を決定採決す 合名会社安田保善社時代//一般事項
3月10日 安田本館焼失のため安田保善社は麹町区平河町の安田本邸内に移転す(五月二五日安田本邸もまた焼失し渋谷区青山穏田の法制学会に再移転す) 合名会社安田保善社時代//安田家および保善社事項
3月10日 米空軍により東京は無差別大空襲を受く 合名会社安田保善社時代//一般事項
3月17日 硫黄島守備隊全滅す 合名会社安田保善社時代//一般事項
4月1日 緊急事態に対処し関係会社に対する稟議報告規程を改正す 合名会社安田保善社時代//安田家および保善社事項
4月1日 十七銀行は福岡銀行新立に参加す 合名会社安田保善社時代//安田家および保善社事項
4月5日 小磯内閣総辞職(七日鈴木内閣成立) 合名会社安田保善社時代//一般事項
5月1日 理事園部潜辞任す 合名会社安田保善社時代//安田家および保善社事項
5月8日 ドイツは無条件降伏す 合名会社安田保善社時代//一般事項
5月15日 楊井勇三を理事に選任す 合名会社安田保善社時代//安田家および保善社事項
5月15日 安田貯蓄銀行は日本貯蓄銀行新立に参加す 合名会社安田保善社時代//安田家および保善社事項
5月 岩淵電気工業(株)の経営に参加す 合名会社安田保善社時代//安田家および保善社事項
6月13日 帝国繊維(株)は帝繊航空機工業(株)を設立し系列会社とす 合名会社安田保善社時代//安田家および保善社事項
6月21日 沖縄本島失陥 合名会社安田保善社時代//一般事項
6月 安田倶楽部は安田本館焼失により解散す 合名会社安田保善社時代//安田家および保善社事項
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