※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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明治41年(1908) | - | 【渋沢栄一】日韓瓦斯株式会社創立、取締役会長。帝国商業銀行相談役。東洋拓殖株式会社設立委員。木曾興業株式会社創立、相談役。アメリカ太平洋沿岸商業会議所代表委員一行を飛鳥山邸(曖依村荘)に招待。〔68歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
8月 | 横河民輔所主、欧米視察より帰朝、支配人を瀬戸文吾とし、アメリカ土木学会会員・工学士関場茂樹を技師長として迎える | 社内 | |
10月13日 | 戊申詔書発布 | 社外 | |
12月5日 | 鉄道院官制公布 | 社外 | |
- | この年大阪市営電気鉄道上繋橋(当社初の橋梁)を製作する | 社内 | |
- | 増税法(酒、砂糖、石油など)公布。 | 社会 | |
- | 日米仲裁裁判条約調印 | 社会 | |
- | 大阪市市営電気鉄道上繋橋製作 | 年間主要工事 | |
- | 土佐電気(株)プレートガーダー10連製作 | 年間主要工事 | |
- | 鐘淵紡績(株)洲本支店第2工場鉄骨 | 年間主要工事 | |
- | 日本生命保険(株)名古屋支店鉄骨製作組立 | 年間主要工事 | |
明治42年(1909) | - | 【渋沢栄一】古稀に際し多くの企業・団体の役員を辞任。渡米実業団を組織し団長として渡米。タフト大統領と会見。〔69歳〕【竜門社】組織を変更し、社則を改正。青淵先生の道徳経済合一説を広め実践する団体に性格を変える。 | 渋沢関係略年譜 |
6月25日 | 度量衡法施行令公布(ヤード・ポンド系も採用) | 社外 | |
10月26日 | ロシア蔵相と会談のためハルビン駅に到着した伊藤博文、韓国人に射殺される<69歳> | 社外 | |
12月20日 | 鉄道院職員服制公布(判任官以上は帯剣肩章) | 社外 | |
- | 満州関東都督府旅順日本橋製作 | 年間主要工事 | |
- | 名古屋伊藤呉服店鉄床製作 | 年間主要工事 | |
- | 三井物産(株)門司支店鉄骨製作組立 | 年間主要工事 | |
- | 南満洲鉄道(株)奉天停車場ドームおよび鉄小屋製作 | 年間主要工事 | |
明治43年(1910) | - | 【渋沢栄一】政府諮問機関の生産調査会創立・副会長。社団法人東京銀行集会所会長。〔70歳〕【竜門社】青淵先生の七十寿祝賀会を開催する。 | 渋沢関係略年譜 |
1月23日 | 逗子開成中学の生徒ら13人、七里ヶ浜で遭難溺死(哀悼歌〈七里ヶ浜〉が評判となる) | 社外 | |
7月4日 | 第2回日露協約調印(満州の権益分割の密約) | 社外 | |
- | 慶応義塾記念図書館鉄骨製作組立 | 年間主要工事 |