味の素(株)『味をたがやす : 味の素八十年史』(1990.07)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
天保12年(1841) 1月10日 鈴木忠七(初代三郎助)神奈川県葉山にて出生 経営一般
慶応2年(1866) - 【渋沢栄一】徳川慶喜、征夷大将軍となり、栄一は幕臣となる。〔26歳〕 渋沢関係略年譜
3月7日 木戸孝允と西郷隆盛、坂本竜馬の斡旋で薩長提携 業界・社会一般
4月21日 鈴木忠七、高山半右衛門の妹ナカと結婚 経営一般
- 〈この年〉(春)鈴木忠七、穀物・酒類販売店「滝屋」を葉山に開業 経営一般
- 〈この年〉ドイツのリットハウゼン、グルタミン酸を発見 業界・社会一般
慶応3年(1867) - 【渋沢栄一】徳川昭武に従ってフランスへ出立(パリ万博使節団)。〔27歳〕 渋沢関係略年譜
12月9日 王政復古の大号令 業界・社会一般
12月27日 鈴木泰助(二代三郎助、初代社長)出生 経営一般
慶応4年(1868) - 【渋沢栄一】明治維新によりフランスより帰国、静岡で慶喜に面会。〔28歳〕 渋沢関係略年譜
2月 鈴木忠七、家督を姉に譲り、別家して三郎助と改名 経営一般
7月17日 江戸、東京と改称 業界・社会一般
10月23日 明治と改元 業界・社会一般
明治5年(1872) - 【渋沢栄一】大蔵少輔事務取扱。抄紙会社設立出願。〔32歳〕 渋沢関係略年譜
12月3日 太陽暦実施(12月3日を明治6年1月1日とする) 業界・社会一般
明治8年(1875) - 【渋沢栄一】第一国立銀行頭取。商法講習所創立。東京会議所会頭。〔35歳〕 渋沢関係略年譜
12月11日 初代鈴木三郎助死去 経営一般
- 〈この年〉風月堂:ビスケットを製造 業界・社会一般
明治17年(1884) - 【渋沢栄一】東京商業学校(前、商法講習所)校務商議委員。磐城炭礦社設立・会長日本鉄道会社理事委員(後に取締役)。〔44歳〕 渋沢関係略年譜
7月1日 兌換銀行条例施行 業界・社会一般
12月 鈴木泰助、二代鈴木三郎助を襲名し、亡父の遺業を継いで「滝屋」経営に従事 経営一般
明治20年(1887) - 【渋沢栄一】東京製綱会社発起委員(後に取締役会長)。東京人造肥料会社創立委員(後に取締役会長)。京都織物会社創立、相談役。日本煉瓦製造会社創立・発起人(後に取締役会長)。帝国ホテル創立・発起人総代(後に取締役会長)。北海道製麻会社・相談役。〔47歳〕 渋沢関係略年譜
1月22日 鹿鳴館で白熱電灯を点火、電灯営業の開始 業界・社会一般
4月8日 鈴木三郎助、辻井繁七の次女テルと結婚 経営一般
明治21年(1888) - 【渋沢栄一】札幌麦酒会社創立・発起人総代(後に取締役会長)。品川硝子会社設立、相談役。東京女学館開校・会計監督(後に館長)。〔48歳〕【竜門社】出版条例の改正により『竜門雑誌』1号を改めて発行する。第1回秋季総集会を曖依村荘にて開催する。 渋沢関係略年譜
4月25日 市制・町村制公布(22年4月1日施行) 業界・社会一般
12月20日 特許・意匠・商標の各条例公布(22年2月1日施行) 業界・社会一般
- 〈この年〉(秋)鈴木ナカ、葉山にて沃度製造開始 製造・研究
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